■The tusk of the vampire 東金

 いつも以上に饒舌なカンタレラは『歌え』と命じずとも見事なほど高らかに歌い上げる──
 そんな高揚感を打ち破ったのは、間抜けに響くインターホンのコール音だった。
 了解したことを告げて受話器を置くと、ふいに溜息が出た。 もう少し弾いていたかったが、時間契約の貸しスタジオなのだから『お時間です』と言われてしまえば仕方がない。
 見ればスタジオの隅でちょこんと座って練習を見守っていた愛くるしい小動物が帰り支度を始めていた。
 手早く相棒を片付けて、帰るぞ、と声をかける。
 はっと顔を上げた彼女がぼふんと顔を赤くした。
 声をかけられたくらいで赤くならないでほしい── 反応が面白そうだからと揶揄して口にしてみただけだというのに、本当に前倒しの『勝利のキス』を受けてしまった気恥かしさにまだ酔っているのだから。
「……………………」
 こくんと頷いたまま俯いてしまった彼女のふわふわと柔らかそうな髪の間から見える耳も真っ赤に染まっていた。 ふと触れてみたい衝動に駆られ、彼女の小さな頭を片手でぐしゃぐしゃと掻き回す。
 わ、と小さな声を上げて髪を整えようとした彼女の手が台の上に置かれた荷物をかすめ、 バランスを崩した夏物の涼しげなバッグが1メートルほどの高さを落下して中身をぶちまけた。
 慌てて掻き集められる可愛らしい小物類に混じって、なにやらおどろおどろしい絵柄の描かれたパッケージが目についた。
「……なんでこんなもの持ってるんだ?」
 拾い上げたそれはどうやらパーティグッズらしい。 吊り下げてディスプレイするための穴の開いたビニールのパッケージには『吸血鬼の牙』と血文字風のロゴがあった。
「あー……それ、ニアがくれたんです。 この前、みんなで肝試しした時に」
 ── あいつら、そんな楽しそうなことしてやがったのか。
 思わず舌打ちする。
 しかし封の切られていないこの牙は、夏の夜の定番行事に出番を迎えることはなかったらしい。
 再び浮かぶ悪戯心。 床にしゃがんで向かい合う彼女に、それを差し出し、
「── お前、つけてみろよ」
「…………はい?」
「お前にだったら、血を吸われてやってもいいぜ?」
 ニヤリと笑えば、またも彼女の顔がトマトのように真っ赤に染まる。
「わ……私よりも東金さんのほうが似合いますよぉ…… そだ、試しにつけてみませんか?」
 いいこと思い付いた、と言わんばかりにぱちんと手を合わせ、ニコリと笑う。
「……俺にそんなアホらしいことを命じるとは、いい度胸だな」
 口元をヒクつかせながら凄んでみるが、ほんのり赤い顔でニコニコしている目の前の愛らしいふわふわな小動物には逆らえそうもない。 むしろ、今の東金は彼女の言うどんな難題も叶えてやりたい気分だった。
 彼女の手を引いて立ち上がると、くるりと背を向けてパッケージから取り出した牙を口に入れる。
 振り返ると同時に彼女の細い腰にすっと手を回して引き寄せて、
「── さて、お前の血をいただこうか」
 ヴァンパイアの牙がよく見えるよう、ニッ、と意地悪な笑みの形に口を歪めた。
 すると彼女は、
  【A】 「うわぁ……」と小さく声を上げた。
  【B】 「あ゛ー……」と呻いた。

【プチあとがき】
 ふふっ、時々書いてる選択肢つきSS(笑)
 お好きな方へお進みくださいませ〜。

【2010/03/15 up/2010/03/26 拍手お礼より移動】