■旅路の果てに掴むもの【12:戦いの中で】
一夜明け、畑や田の間を抜けるのどかな道を歩いて向かうのは河原宿。
神子様ご一行は薩摩の小松帯刀に用事があるらしい。
まさか彼が『白虎』を持っていたとは驚いたが、龍馬も自分が『青龍』を持っていたことを明かしていなかったのだからおあいこだ。
明かしたとしても、既に青龍の札は白龍の神子の手に委ねてあったのだから、信じてもらえたかどうかはわからない。
ともあれ、小松をよく知る龍馬が取り次いでやることを申し出たのだ。
こんなことなら自ら師の護衛を頼みに行くこともできたのに。
だが昨夜の時点では彼女の目的地が河原宿だとは知らなかったのだから仕方ない。
おかげでこうしてお天道様の下を彼女と歩くことができるのだから、それはそれでありがたいことなのだろう。
ただし、今は少々微妙な空気が漂っているけれど。
長州で再会した神子様ご一行は、前に会った時よりも人数が増えていた。
何の目的かは知らないが、長州まで神子に同行していたらしい土方率いる新選組隊士たちから一人離れ、一行に加わっている一番隊隊長・沖田。
彼から受ける刺さるような視線で『猟師に狙われる獲物』の気分にさせられて、どうにも落ち着かない。
さらに情報屋として名高い『夢の屋』までがくっついて来ているとは思わなかった。
河原宿に逗留している小松が白虎の札を持っているという情報は、彼がもたらしたものらしい。
それから相変わらず無愛想な瞬と、少々顔を赤らめてもごもごと何やら一人呟いているチナミ。
男五人が歩く少し後ろに、楽しげに談笑しながら仲良く手を繋いで歩いている少女が二人──
ゆきと都である。
今の微妙な空気を作り出したのは彼女たちだと言っていい。
発端は、悪路に足を取られたのか、夏の厳しい日差しに体力を奪われたのか、つまづいてよろけたゆきを都が支えたことだった。
『まるで童を甘やかす母親のようだ』と苦言めいた揶揄をしたチナミに、都は『ゆきは私の天使だから』と答えた。
『てんし』と言えば『天子』、すなわち帝のことだ。
妙な例えに戸惑っていると、瞬が口を開いた。
『天使』とは、天の使い──
『天女』のようなものだ、と。
「て、天女だと !?」とチナミが吠え。
「ああ、そうだね……ゆきちゃんは私の天女だよ……」と夢の屋が陶酔し。
そして龍馬の胸には痛みが蘇った。
昔話では、羽衣を纏った天女は天に帰っていく。
もしかすると天に溶けるように姿を消す天女もいるのだろうか。
都はゆきの手のぬくもりに何度も救われたらしいから、白龍の神子である彼女が『天女』だというのもあながち間違いではないのかもしれない。
そう思うと、龍馬は少し不安になった。
だが、女の子が二人、にこにこと仲良く歩いているのは微笑ましいものだ。
ひとつ問題があるとすれば、都が一見男にしか見えないというところだろうか。
仲睦まじさに一番当てられてしまったのがチナミである。
「まあまあチナミ。
いいじゃねぇか、仲良きことは美しきかな、ってな」
「なっ !?
そういうことでは──」
「俺は都が羨ましいぜ?」
「……羨ましい?」
龍馬は怪訝な顔のチナミの肩にぽん、と手を乗せ、
「だってそうだろ?
惚れた女と並んでお天道様の下を歩く──
こんなに嬉しいこと、他にあるか?」
「ほ、惚れ……っ !?」
「ま、女同士だろうが、男同志だろうが、男と女だろうが、ああして笑っていられる国がいいってこった」
ちらりと後ろを振り返ると、そこに輝くような笑顔が二つ見えた。
釣られるように後ろを見たチナミが、そんなことはわかっている、と呟いて、その後は唇を引き結んで黙り込む。
龍馬は彼を励ますように、ぽん、と肩を叩いて手を下ろした。
その時だった。
「── おい、お前らっ!」
後ろから都の切迫した叫び声が聞こえたのは。
振り返ると少女二人は足を止めて、畑の向こうに広がる鬱蒼とした森を見つめていた。
ゆきを背に庇いながら低い姿勢を取った都は、腰に差した棒を引き抜いた。
棒の部分を腕に沿わせるようにして、突き出した取っ手を握る。
龍馬にとっては初めて見る武器だった。
即座に動いたのは瞬。
彼が駆け出すとほぼ同時、チナミが『出たのかっ !?』と叫んで後を追う。
沖田と桜智までがその後に続いた。
開いていた僅かな距離を駆けながら、それぞれが自分の得物を構えていた。
「お、おいっ !?」
置いてけぼりを食らうのは勘弁、と龍馬も慌てて後を追う。
緊迫した表情で彼らが睨み付けているのはのどかな田園風景。
これといって異常はない。
もしかすると、向こうの森に何かが潜んでいるのか。
蝉の声が喧しい深い緑の奥に目を凝らす。
だが、異変はもっと手前に現れた。
道と森に挟まれた畑のど真ん中、宙空に現れた黒い靄が昏く渦巻く。
途端、辺りの温度が一気に下がった。
「キシャアアァァァァァッ!」
靄の中から現れたのは三体の怨霊。
いつ収穫してもいいほど見事に育った作物が瘴気にやられて、みるみる枯れていった。
「畑に入るな、沖田っ!
道まで引き付けろっ!」
村人たちが丹精込めて作った畑を荒らすのが忍びなかったのだろう、畑の中に踏み込もうとした沖田をチナミが一喝する。
納得いかないまでも畑に入るのをやめた沖田を含め、六人は道に扇状に展開した。
畑に入れないとすれば、このままではどう回り込んでも敵と自分との間には味方がいる。
これでは龍馬の持つ飛び道具は使えない。
そこで龍馬ははたと気がついた──
六人の中に彼女がいることを。
自分が傷つこうとも、彼女の身だけは守らなければ。
「いかん、お嬢っ!
お嬢は俺の後ろに下がってな!」
場所を替わろうと彼女の元に駆け寄った。
だが、
「── 大丈夫、私も戦えます」
そう言って、腰に差した細身の剣をすらりと抜き放つ。
以前、長門の近くの林の中で雑魚怨霊に怯え震えていた彼女とは違う、神々しいほどに凛とした姿だった。
「── 来るっ!」
都の声を合図に、怨霊との戦いが始まった。
怨霊の一体は瞬と沖田が挟み込むようにして同時に斬りつける。
桜智が巻き付けた鞭で動きを止めた怨霊に、チナミが開いた鉄扇で舞うように薙いだ。
事前に示し合わせたわけでもないのに見事な連携だった。
都が殴り付けた怨霊が、逃げ場を求めるように宙に飛び上がった。
「ちっ!」
「任せろっ!」
すかさず狙いを定め、引き金を引いた。
二発の乾いた銃声が耳をつんざき、弾が命中した怨霊はずるりと引きずり降ろされたように地面まで落ちてくる。
「はあっ!」
気合いの声ひとつ、左手を肩の高さに上げた見慣れない構えから繰り出されたゆきの剣が、深々と怨霊の身体に突き刺さった。
「ゆき、今です!」
瞬の声が飛ぶ。
しっかりと頷いたゆきは怨霊から抜いた剣を鞘に収め、その場一体をすべて受け止めるかのように両手を広げた。
「── めぐれ、天の声──
響け、地の声──
かの者を封ぜよ!」
瞬間、弾けた光に目が眩んだ。
骨の髄まで凍らせるような寒気が一瞬にして消え、立ちどころに夏の暑さが戻ってくる。
「な……何だ、今のは……?」
「何って、龍神の神子の浄化だよ」
龍馬の口から滑り出た疑問に答えたのは都だった。
「ああ、そういや坂本は初めて見たんだよな。
綺麗だったろ?」
「お……おう……」
「怨霊に襲われることなくここまで来れたのが幸運だったんだろう」
「八雲さんがいち早く怨霊を察知してくれるので助かります」
「ま、今回のはザコだったけどな……って、私を怨霊探知機みたいに言うなっつーの!」
チナミも沖田もこれまでに何度も目にしているのか、驚いた様子はない。
それどころか笑みさえ零れている。
大人気ないとは思うが、どことなく面白くないと感じた。
「── あの、龍馬さん」
いつの間にかゆきが傍にいた。
膨らませるようにして胸元に合わせた両手の指の隙間から、仄かな光が漏れている。
「ん?
どうした、お嬢」
「この怨霊、龍馬さんの銃に封印できそうです。
試してみませんか?」
「なっ !?
お、怨霊っ !?」
と、彼女はにこりと笑い、
「大丈夫です、浄化されてますから。
きっと龍馬さんの力になってくれると思います」
促されるまま、銃を握った両手を差し出した。
もちろん、銃口は空へ向けてある。
と、ゆきが銃に向かって手を開いた。
ほわりと光の球が漂ってくる。
まるで、夏の夜、川辺で捕まえた蛍を空に放してやるような光景だった。
漂ってきた光を吸い込んだ銃が、ぽぅっと仄かに光った。
威力が増したのかはよくわからない。
だが、銃把を握る感覚が前よりもしっくりと手に馴染んだような気がした。
「── 先を急ぎましょう。
このままでは河原宿に着くまでに日が暮れてしまいます」
「そうだね」
瞬に答えたゆきが、あらぬ方向に慌ててぺこりと頭を下げた。
さっき怨霊が現れた畑の、道を挟んだ反対側に広がる田の方へ。
彼女が頭を下げた方向を見ると、向こうのあぜ道で老夫婦が怯えたように寄り添いながら、こちらに頭を深々と下げていた。
たぶん、この田や畑の持ち主なのだろう。
何気なく振り返ってみると、残念ながら怨霊の瘴気に当てられた畑の野菜は枯れたままだった。
けれど、土地が穢される前に怨霊は退治したし、畑も踏み荒らされていないから、すぐに次の作物が育てられるはずだ。
龍馬はまだ何度も頭を下げている老夫婦に向かって、頑張れよ、と意味を込めて大きく手を振って、少し先まで進んでしまった仲間たちを追いかけた。
【プチあとがき】
龍馬さん、お嬢と一緒に初めてのバトルの巻(笑)
どうにも書き出しが掴めなくて、結果的に1ヶ月も放置状態になってしまいました。
すみません(汗)
【2011/07/27 up】