■Rewriting of fate 【7.5:よみがえる記憶】

※第7話と第8話の間のお話です。

 ── ただ、そうすることが自然なことのように感じられて。
 ふたりは、お互いの存在を確認し合うかのように、そっと唇を合わせた。

 長い口付けから解放してやり、顔を覗き込む。
 千尋の大きな瞳は潤んでいたけれど、もう泣いてはいなかった。
 代わりに滑らかな頬がほんのりと桜色に染まっている。
 アシュヴィンはいつしか腰に回していた腕で彼女の細い身体を抱き寄せ、
「── 俺と離れることが、泣くほどに辛かったのか?」
 鼻先10センチの距離を維持しつつ、揶揄を含んだ笑みを口の端に浮かべる。
「もう……どうしていつもそういう意地悪な言い方するのかな……」
 拗ねたように赤く染まった顔を逸らし、視線を泳がせている千尋。
「意地悪をしているつもりは毛頭ないんだがな」
 くすくすと笑いながら、アシュヴィンは再び千尋に顔を寄せる。
 が、彼の目算よりもずっと早く、唇に感触が訪れた。
 爪先で伸び上がった千尋からの口付け。
 しかしそれは一瞬で離れていき、直後ずしりと首筋に重みがかかった。
 重さと、温もりが心地よい。
「── ずっと、懐かしい気がしてた」
「そう、だな── 久しぶり、と言うべきか?」
「ふふっ、そうね……また逢えて── 嬉しいよ」
 首にしっかりと抱きついた千尋のくぐもった声が耳をくすぐる。
 それすらも愛おしくて、アシュヴィンは彼女の身体をしっかりと抱き締めた。

*  *  *  *  *

 数分後、彼らは床に座り込んでいた。
 ふたりの間には日本地図。
 千尋はためらうことなく赤い色鉛筆でぐいっと線を引いた。
 それはかつて千尋たちが通った、平和への辛く厳しい長い旅を表していた。
 もちろん、今ここにいる千尋が実際に通ったわけではない。
 だが、彼らの中には記憶として確実にあった。
 ずっと靄がかかったようにぼんやりしていたものが、唇が触れ合った瞬間にくっきりと見えたのだ。
 『前世』、とかいうものなのかもしれない。
 だがその前世でも千尋は千尋だったし、アシュヴィンはアシュヴィンだった。
 これまでの生い立ちや現在の状況も概ね同じ。
 他人事とは思えなかったし、ふたりとも自分自身の記憶としてすんなりと受け止めることができていた。
 だとすれば、やることはひとつ。
 知っている『記憶』を元に、苦い失敗を回避しつつ、一刻も早く平和な世界を創る。
 それが中つ国の二ノ姫と常世の皇子として、そして、常世の皇とその妃としての務めなのだ、と。
「── まずは高千穂だな……『船』は必要不可欠だろう」
「そうね、サザキに出会わなければ天鳥船も手に入らないものね。それにやっぱり仲間の力は必要だわ」
「ならば、俺は先に出雲に出向いて根回しをしよう。高千穂はお前に任せる」
「ええ、わかったわ」
「レヴァンタには気をつけろ……あれは既に『人』ではない」
「え、あ……そういえばそうだったわね」
「きっちりとどめを刺せ。いいな?」
「……わかった」
「それから熊野で──」
 カタン、と廊下から小さな物音が聞こえて、ふたりは顔を上げた。
 同時に顔を向けた戸口に佇んでいたのは、蒼白な顔の風早。
「あ……風早……」
「千尋……今の話は……」
 気まずそうに視線を泳がせた千尋は、ゆっくりと立ち上がる。廊下に立ちすくむ風早の前まで進むと、
「風早、私ね……『元の世界』に戻るわ。中つ国の二ノ姫として、常世の后妃として、やらなければいけないことがあるの」
 胸元で合わせた手をきゅっと握り締め、千尋は真っ直ぐに風早を見据えてそう言った。
「そう……ですか」
 それだけ呟いた彼は、泣き出しそうなほど悲しげな顔で笑っていた。
「えっ……と、止めないの?」
 拍子抜けして、千尋は思わず聞き返す。
「止めたとしても、行くんでしょう? それに、あなたがそれを望むなら、俺は従者としてあなたに従います」
「風早……」
 俯いて、ありがとう、と呟いた。
 今の風早の顔を見ていると、なぜだか泣いてしまいそうだったから。
 それを悟られないように、千尋は勢いよくアシュヴィンの方へ振り返った。
「ねえアシュヴィン、お土産買いに行こう!」
「……は? 買うのはいいが、持っていけるのか…?」
「大丈夫、制服のポケットに入れてた携帯は向こうに行ってもあったんだもの。身につけていれば持ち込めるはず! そうだ、リュック!  リュックサックで背負っていればいいんだわ! 1つじゃ寂しいから、アシュヴィンもお願いね!」

 そして、翌日にはリビングに大きなリュックサックがふたつ並べられ。
 新月までの数日間でパンパンに膨れ上がり、出番を待つこととなった。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 『記憶』とかいうと、前の長編と被りまくりですが(汗)
 今回のは『前世(?)の記憶』ということで。
 それにしても……文章がまとまらない。
 脳に異常があるんじゃないか、と思うほど、考えていることをきちんと文字に置き換えることができません。
 あぅあぅ……
 ま、雰囲気で読んでくださいまし。

【2009/06/10 up/2009/08/ 拍手より移動】