■Little Girl【8】 将臣

 気持ちひとつでこんなにも見え方が違うなんて──
 将臣は集団の先頭を歩いている望美の後ろ姿がまるで遠足に向かう小学生のように見えて、微笑ましく思っていた。
 それとは裏腹に、手を繋いで並んで歩いている彼女と同じくらいの背丈の少年がやけに妬ましい。 思い出の中でのそのポジションはいつも自分のものだった。
 これから怨霊との戦いが待っているというのに、誤解が解けた途端に青臭い嫉妬の炎を燃やしている自分が滑稽で、自然と複雑な笑みが漏れた。
 彼女が元の姿に戻る方法を一緒に探してやりたい。
 八葉としてだけではなく、「有川将臣」として彼女を護りたい。
 だが彼の立場はそれを許してはくれない。
 熊野川の増水は怨霊の仕業、という白龍の神子たる望美の言葉に従い、勝浦から熊野路へと逆戻りする道行きを辿っている今、タイムリミットは歩を進めるごとに着実に近づいていた。

「── 仲直りできたのね」
 声をかけてきたのは、いつの間にか隣に並んでいた朔だった。
「仲直りって……最初っからケンカなんかしちゃいないぜ」
「けれど、望美に避けられていたでしょう?」
「まあ……な」
 彼女がずっと気にかけてくれていたことは知っていた。 彼女のような存在がいれば安心してここを去ることができる── 将臣はそう思うことにしていた。
 朔はくすっと笑みを零し、
「あなたたち、恋仲なのね」
「っ……まぁ……あいつが話したのか?」
「いいえ、何も。でも見ていればわかるわ」
「そういうもんか?」
「ええ。他のみんなも気づいていると思うわ── 九郎殿以外は」
「あー、あいつ、そっち方面には疎そうだもんな」
 二人して忍び笑いを漏らしつつ、前方を行く生真面目な男の後ろ姿を眺める。
 思わず、ギリ、と奥歯を噛んだ── いずれ彼とも戦場で会うことになるのだろうか?
「── 将臣殿」
 ふいに呼びかけられてドキリとする。 気遣わしげな表情の朔の視線は望美へと向けられていた。
「ん?」
「本宮へ行った後もあの子の側にいてやることはできないのかしら?」
「……悪いな、俺にもいろいろと事情があるんだ」
「そう……」
「望美のこと……頼む」
「ええ」
 眉を曇らせたまま頷いた朔の顔に望美の泣き顔が重なって見えて、将臣はいたたまれなくなって目を逸らした。

*  *  *  *  *

 熊野を穢していたのはカエルの化け物のような怨霊だった。
 人間に化けて警告を与えるなどという芸当を見せるような強い力を持った怨霊ではあったが、先手必勝とばかりに放たれた望美の光弾は相手の力を削いだ。 八葉たちによる続けざまの攻撃と合間合間に撃ち込まれる陽の気を浴び、どれほどの力を持っているのか計り知る間もなくあっけなく地に伏した。
 二人の龍神の神子が協力して怨霊を封印すると、濁った水は涼やかな清流に戻り、重苦しい雲が立ち込めていた空も青く澄み渡っていった。
 太刀を収めた将臣は嫌味なほどに青い空を見上げながら溜息を吐いた。
 ── 時間切れ。
 この場所から彼女と自分の歩く道は正反対へと分かれ、二度と交わることはない。
 気分は鉛のように重かった。
 もう一度空に向かって溜息を吐き出した時、くいっと陣羽織が引っ張られた。
「── これで本宮へ向かえるね」
 羽織の腰の辺りを掴んで見上げてくる望美は、ニッコリと笑っていた。 色味が失せて、蝋のように白い顔で。
 彼女の放つ光は、彼女の気そのものなのだと聞いている。
 先日小川のほとりで怨霊に襲われた時も、望美は封印を済ますと倒れ込んでしまった。 気を放ちすぎて、文字通り「気を失って」しまったのだ。
 今の戦いでも何発も光を放っていた。 疲労はピークに達しているに違いない。
「望美……」
「えと、ここから一足先に本宮に行っちゃう?  それとももう少し先まで一緒に行く?」
 微笑んだままのやけに物分かりのいい望美の言い方になぜか腹が立った。
 だがすぐに気づいた── 「行かないで」と縋りついてほしかったことに。 縋りつかれたところで何も変わらないし、変えることなどできない。 第一「本宮まで」と期限をつけていたのは、誰でもない自分自身だ。
 強張っていた顔を緩めて彼女へと手を伸ばす。 今生の別れかもしれない今、抱き締めるくらいは許してほしい。
 細い肩に指先が触れた瞬間、望美はバッと勢いよく背後へ身を翻した。
「ギャガアアアァァァッ!」
 何度聞いても耳を塞ぎたくなるような無気味な叫び声が辺りに響いた。 陰の気が薄れ始めた河原に再び吐き気をもよおすほどの冷たい空気が立ち込める。
「怨霊 !?」
「先ほどの怨霊の強い陰気に引き寄せられたのだろう」
「それにしても── 数が多い!」
 武者や獣、さまざまな形の怨霊が群れになって押し寄せてくる。 その数、三十ほど。
「── みんな下がってっ!」
 だっと進み出た望美が小さな銃を空に向けた。 銃口にほわんと光が集まり始める。
「無理すんなっ!  お前、限界来てんだろ!」
 将臣は叫んだ。 力尽きて倒れる彼女の姿はもう見たくない。
 銃口の光の大きさはみるみる増していった。
「大丈夫っ! あと2、3発くらいならっ!」
 何事にも頑張りすぎる望美の虚勢であることはすぐにわかった。 現に銃を構える彼女は必死に歯を食いしばっていて、こめかみを流れる汗は暑さから来るものではないはず。
 だが敵の数が多すぎる。 本当は銃を取り上げてでもやめさせたいところだが、彼女が何をしようとしているか理解しているだけに、有効な手段だということもわかる。 敵が集団になっている今が最大のチャンスだ。
「── それでラストにしとけ!  あとは俺たちがやるっ!」
「うん、お願いっ!」
 光の球が前に見た時よりも一回り大きくなった時、望美の細い指が微かに動いてトリガーを引いた。 将臣以外の者たちが不思議そうに見上げる中、光は打ち上げ花火のようにぐんぐんと空へと昇っていく。
「── 弾けろ!」
 望美の声を合図に上空で炸裂した光が怨霊たちに降り注いだ。 宙を漂っていた怨霊はしぼむように高度を下げ、地を歩いていた怨霊はガクンと膝を落とす。
「今だ! 一気に片付けるぞ!」
 将臣の号令で我に返った仲間たちが一斉に怨霊の集団へと攻撃を開始した。

「「── かの者を封ぜよ !!」」
 神子たちの声が朗々と響き、浄化された怨霊たちは光の粒になって龍脈へと還っていく。
 肌を刺す冷たい陰気は消え、代わりに真夏の暑気が戻ってきた。 まるでクーラーの効き過ぎた部屋から真夏の屋外に出た時のように、一気に汗が噴き出した。
「まいっちゃうよね〜、強い怨霊の次は団体様なんてさ」
 おどけてみせる景時の隣で、腕組みしたヒノエが思いつめたような表情でぶつぶつとひとりごちていて。
 河原の石に足を取られたのか転んでしまった白龍に、譲と朔が手を貸していた。
 その向こうでは九郎と弁慶、リズヴァーンが難しい顔で何か話している。 恐らく今の怨霊について、だろう。
 そして。
 皆の無事を確認するようにグルリと河原を見回した将臣の視線が行きついたのは、ふぅ、と息を吐いて安堵の表情を浮かべた望美の姿だった。
 敷き詰められた小石をザクッと踏みしめ、彼女の元へと歩を進める。
 望美もまた歩み寄ろうとしたその時── ふらりと傾いだ彼女の頭の先がスパッと何かで断ち切ったかのように欠けた。
 もちろん本当に断ち切られたわけではない。 言うなれば、そこに見えない壁があって、傾いた彼女の身体がその壁の向こうに隠れてしまったような感じだった。
 望美の顔に驚愕の表情が浮かんだ。 しかしすぐに見えない壁に隠された。
「── 望美っ !!」
 将臣は思わず叫び、駆け出した。 だが、河原の小石がそれを阻む。
 腰まで消えてしまった望美の身体がすっと浮き上がった。
 ザッと地を蹴り、将臣は必死に手を伸ばして飛びついた。 だがその指先は望美の爪先をわずかに掠めただけ。
 茫然と立ち尽くす皆の目の前で彼女の身体はしゅるりと空に飲み込まれ、手を伸ばしたまま腹から着地した将臣の指先に白い小さな銃が名残惜しそうに触れていた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 あ、書くの忘れてたかもしんない。
 この話の将望は、元の世界にいる時から付き合ってる設定なのだ♪
 まあ、2話でデコチューしてるから気づいていただけてるかもしれませんが。
 ヌルいバトル再び。
 おまいら技使えよ、とセルフツッコミしつつ(笑)
 そして急展開(笑)

【2010/01/12 up】