■Little Girl 【4】 将臣

 すっと目の前に出された銃を、望美はそっと掴んで持ち上げた。
 その銃の形は景時のものを小型化したようでもあり、望美の知識の中にある「ピストル」のようでもあり、どこか未来的な雰囲気も合わせて持っていた。
 何より不思議なのは、この銃が武器であるにもかかわらず、ひどく優しく見えるところだろうか。
 掴んでみると、螺鈿細工のような美しい装飾が施されたグリップは不思議なほどにしっくりと手に馴染んだ。
 グリップを握ったまま、グルグルと銃を見回してみる。
 見た目以上に軽量で、まるでおもちゃだ。
 ちょうど人差し指が当たる部分が少し出っ張っている。指に力を込めると沈むことから、これがトリガーなのだろう。何度か押さえてみるが、銃口からは何も発射されなかった。
 そんな望美の手元を譲と朔が覗き込んでいた。
「すごいわ白龍、こんな銃まで生み出してしまうなんて」
「しかしこの銃、少し変わってますね……リボルバーでもなければオートマチックでもない。弾はどうやって込めるんでしょうか…?」
「── その銃は弾を使わない」
 白龍の言葉に、その場の皆が、え、と驚きの声を上げる。
「これは神子の清らかな気を具現化するもの。撃ち出されるのは神子の気そのものだから」
 たどたどしい白龍の説明を総合すると、この銃は望美の陽の気を光弾として撃ち出すもので、当たった怨霊の陰の気を中和に近づけ弱体化させることができるらしい。 よって、元々陰陽のバランスが取れている普通の人間に当たっても陽の気が強まったことにより多少体調を崩す程度で、物理的なダメージは与えない、と。
「……でも、どうやったら撃てるのかな?」
 トリガーらしき出っ張りをいくら押しても何も出てこない。当然の疑問かもしれなかった。
「── 願って、神子。その銃は、神子の願いを叶えるよ」
 望美は神妙にこくりと頷くと、すっくと立ち上がった。
 部屋の引き戸を開け、廊下にひとり立つ。
 中庭に向かって両手で銃を構え、すっと目を閉じる。
 ── お願い、私に、力を──。
 銃がほんわりと柔らかな光を帯びた。
 手に優しい温もりが伝わってくる。
 望美は目を開け、トリガーを引いた。
 銃全体を包んでいた光が銃口に収束し、軽い衝撃と共に子供の拳ほどの大きさの光弾が庭に向かって撃ち出された。
 光弾は真っ直ぐに暗い庭を突っ切り、塀に当たってパシュッと軽い音を立てて弾け散った。
「わ……ほんとに……撃てた…」
 手の中の銃をじっと見つめる。
 その手は少し震えていて。
 ── これで、私も戦える。
 ほんの少し、不安が薄らいだような気がした。

 その後、望美はこの運命ではまだ出会っていない仲間に協力を求めた。
 どの運命においても全てを見通しているかのようなリズヴァーンは望美の異変に気づいたのか、自分から姿を現した。
 六波羅でヒノエに会ったが、初めは胡散臭そうな目で相手にされなかったものの、望美の真剣さに何かを感じ取ったのか、しぶしぶながらに合流してくれた。
 望美自身は慣れない銃での戦いに備え、鍛錬の日々を過ごした。
 景時に銃での戦い方を教わり、次第に腕は上がってきた。
 しかし命中率はまだ5割程度。
 ただし、気の溜め方のコツが掴めてきたのか、放たれる光弾は子供の拳ほどの大きさからソフトボール大になっている。
 怨霊との実戦も数回こなしたが、初めは怨霊を怯ませることしかできなかった威力は、今では動きを止める程度のダメージを与えることができるようになっていた。
 さらに、その光弾は着弾前ならば意図的に弾けさせ、広範囲に散らすことができることに気づいた。 もっと威力のある光弾を放つことができるようになれば、多数の怨霊と対峙した時は有利になるだろう。
 そして気づいた最大の難点は、撃てる光弾は無限ではない、ということ。
 光弾は望美の持つ陽の気である。
 撃てば撃つほどに疲労感と脱力感は蓄積し、最終的に銃は僅かな光さえ生まなくなる。
 練習に夢中になってしまい、意識を失ってしまったことも何度かあった。
 その時は、白龍に気を分けてもらうことと、いつもより少し長めの睡眠で気を回復させるしかないのだ。
 結局、封印もしなければならない望美の攻撃は最後の切り札的扱いとされ、満足な戦力となれない自分に望美は唇を噛み締めた。

 そして、望美の苦悩を嘲笑うかのように、運命は戦いへと進んでいった。

*  *  *  *  *

 前の運命での悲劇を繰り返さないため、一ノ谷の罠を暴き、火攻めを掻い潜った望美たちは、鹿ノ口で平 経正と対峙した。
 九郎たちは、力押しでここを突破しようとしていた。抜刀はしていないものの、柄に手をかけ、いつでも戦える体勢。
 張り詰めた空気の中、互いが名乗りを上げた。
 九郎がすらりと刀を抜き、正眼に構える。彼が一歩踏み出せば、ここで戦いが始まるのだ。
 だが、望美は経正が戦いを望んでいないことを知っている。
「待って、九郎さんっ!」
 仲間たちに守られ、後ろに下がっていた望美は九郎の前へ躍り出た。
「望美っ! お前は下がっていろっ!」
「だめっ! これ以上犠牲を増やすことなんてない!」
 九郎に有無を言わさず、望美はくるりと向きを変え、経正をじっと見据えた。
 桜色の着物に、丈の短い襞のついた見慣れぬ白い衣を腰に巻き、陣羽織を纏った長い髪の少女。
 経正の驚いたように見開いた目は、なぜ戦場にこんな童女が、と言いたげだった。
 そして、驚きは嫌悪に変わり、眉間に皺が寄る。小さな子供を戦場に引っ張り出している源氏への嫌悪が見えた。
「── 私は白龍の神子、春日望美。源氏はここから退きます。だから、平家も退いてくれますね?」
 疑問形でありながら、決定事項のように響く強い意志を含んだ声が凛と響く。
 声以上に強い意志を孕む瞳。
 経正はゆっくりと頷いた。
「……もちろんです。お約束します」
 望美の口元にふっと笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます、経正さん」
「望美っ! そんな口約束が信用できるかっ!」
 九郎が望美の肩を掴み、力任せに引いた。小さな望美の身体は思い切りぐらついて、たたらを踏む。
「大丈夫、経正さんは約束を破るような人じゃない。それより今は、山に取り残されてる人たちを助ける方が先だと思います」
「だが!」
「九郎、神子の言う通りだ。今の軍の状況を考えてみなさい」
「くっ……」
 九郎はリズヴァーンの諭すような言葉に言葉を飲んだ。
 確かに、いくつもの小さな戦いの後、火攻めに遭って兵の数は激減している。
 分の悪い戦いを回避することができるのなら、その方が得策なのは火を見るより明らかだ。
「── 退却する! 三草山に残る味方を回収しつつ、三草川まで戻れ!」
 張り上げた九郎の声に、ここまでついてこれた僅かな兵たちから鬨の声が上がる。数少ない声は士気を上げるというよりも、ただの返事でしかなかった。
「……行くぞ、望美」
「ありがとう、九郎さん」
 刀を収め、踵を返す九郎に礼を述べた望美は、経正に向かってぺこりと頭を下げ、長い髪を翻して仲間たちを追って走っていった。

「── 経正殿?」
 傍にいた兵士に声をかけられ、経正ははっと我に返った。
 兵に退却を命じ、再び少女の姿が消えた方向に目をやる。
 白龍の神子と名乗った年端も行かぬ少女。
 その姿に似つかわしくない大人びた物言いをし、自軍の大将にすら物怖じすることなく。
 そういえば、以前惟盛が『神子と呼ばれる娘が怨霊たちを封印した』と言っていた。
 『娘』であって『童女』ではなく。
 ということは、源氏には人ならざる者を封じる力を持つ者が少なくとも二人はいるということになる。
 そんな相手に、棟梁自らが怨霊である平家が敵うはずもない。
 経正は、滅び行く平家を予感して小さく身震いした。
 同時に、経正自身人ならざる身であるが故、救いの光が射したような気がして、先ほどの少女の意志のこもった瞳を思い出し、知らず口元に微笑みを浮かべていた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 なんか突発的に続きが書きたくなってしまいました。
 望美さんの放つ光弾は、某「剣と魔法のファンタジー」なライトノベルに出てくる魔法の
 『エルメキアランス』っぽいもんだと思っておくんなまし。
 で、弾けさせるのは『ブレイク』って感じで。
 んー、今後必要になる設定かどうかは、まだわかんないけど。
 いやぁ、第4期アニメ化のニュース聞いて、楽しみにしちゃってるもので(笑)
 経正さんとの対峙も、今後に生かせるのかなぁ?

【2008/03/21 up】