■闘う者たち 〜現代編〜 【4】 将臣

 将臣は電車の扉が開くと我先に飛び出した。もちろん、勝手知ったるいつもの電車、改札口に一番近い扉だ。
 そう多くもない人の波を掻き分けながら改札を抜けると、自宅への道を走りながらポケットから携帯を取り出して操作する。
 プルルルルッ プルルルルッ───
 呼び出し音がもどかしい。
 ── プッ
「あ、俺。今からちょっと寄っても──」
 電話の相手は答えない。
 もしかすると走っているせいで聞こえなかったのかと足を止めてみるが、やはり電話から声は聞こえてこなかった。
「望美? おい、どうかしたのか?」
『─── クッ、誰かと思えば…… 還内府殿か…』
「と、知盛…っ !?」
 聞こえてきた声に含まれる白々しさに、将臣の頭にカッと血が昇る。
 どうせディスプレイの名前を確認してから電話に出たに違いない、と将臣は確信していた。
 だがそれよりも。
「なっ、なんでお前が望美の携帯に出てんだよっ !? 望美はどうしたっ !?」
『神子殿なら…、俺の隣で眠っておられるが…?』
「はぁっ !? どういうことだっ !?」
 プツッ、と電話は唐突に切られた。
「知盛っ! …… クソッ」
 将臣は手に持った携帯を地面に叩き付けたい衝動に駆られたが、そんなことをしても損するのは自分だと気付いて携帯をポケットに片付けた。
 『女が男の隣で眠っている』と聞いて、言葉通りに受け取るほど将臣は子供ではない。
 だからといって、望美に限ってそんなことは、と余裕でいられるほど大人でもなかった。
 次々と頭に浮かんでくる想像を振り払うように、将臣は全力疾走した。

*  *  *  *  *

 道路から見上げる望美の部屋は真っ暗だが、1階には煌々と明かりが点いていた。
 よく考えれば両親のいる家で『そんなこと』になっているとは考えられなかった。
 しかし、携帯電話は家にいなくても通じる、ということを将臣は考えないようにした。
 とりあえず望美の顔を見ておこう。『忘れ物を届けに来た』とか、口実はいくらでもある。
 そう考えながら、将臣は春日家のチャイムを鳴らした。
「は〜い」
 間延びした声が中から聞こえる。
「どちら様でしょうか?」
「あ、あのっ、将臣です。夜分すみません」
 妙な緊張感に、将臣の手のひらは気持ち悪いほど汗でぐっしょり濡れている。
 扉がガチャリと開いて、望美の母の笑顔が現れた。
「あら将臣くん、いらっしゃい。もしかしてお見舞いに来てくれたの?」
「… は?」
「ごめんなさいね、たぶん眠っちゃってると思うの。明日は学校休むことになりそうだから、先生に伝えてくれるかしら?」
 『望美どこに行ったか知らない?』などと聞かれるのを覚悟していた将臣は、予想外の展開に力が抜けそうになった。
「あ、あの…、望美、どうかしたんですか?」
「あら、将臣くん知らなかった? あの子、朝からボーっとしてたでしょ。どうやら風邪引いてたみたいなの。 夕方まではお宅の知盛さんと元気にチャンバラごっこしてたのは知ってるんだけど、その後倒れたみたいでね、知盛さんが運んできてくれたのよ。 体調悪いのなら、家でおとなしくしてればいいのにねぇ。女だてらにチャンバラごっこなんてして、お嫁の貰い手がなくなったらどうするのよ」
 望美の母はまだ何かブツブツ言っていた。
 望美の少しピントの外れたところは、娘の体調よりも将来の嫁ぎ先を心配するこの母親譲りなのだろう、と将臣は苦笑するしかなかった。
「… で、知盛は…?」
「あぁ、知盛さんなら少し前に帰ったわよ。『体調が悪いのに無理をさせてしまって申し訳ない』って責任感じちゃってたみたいで、 ついさっきまで看病してくれてたんだけど」
「そう… ですか……、じゃ、俺はこれで」
「あ、知盛さんにありがとうって言っておいてね〜」
 将臣は軽く頭を下げると、扉を静かに閉めた。
 その途端、完全に身体の力が抜け、その場に座り込んだ。
 はぁぁぁぁっ、と深い溜息が自然と零れる。
「チャンバラ、か……」
 異世界でのことを知らない望美の母には不思議な光景に映ったことだろう。
 望美がどれほど腕の立つ剣士だったか、教えてやりたいくらいだった。
 そういえば、前に蔵を漁って懐中時計を見つけた時に、木刀が転がってるのを見た記憶があった。
 それを見つけた知盛が、望美に対決を吹っかけたのだろう。
 あれだけ望美と戦いたがっていた知盛のことだから、容易に予想ができた。
 多少引っかかる部分はあるにしても──、ともあれ危惧していた事態は起きていなかったことに安堵すると、笑いがこみ上げてきた。
「ったく、あいつら」
 将臣はひょいと立ち上がると、隣の自宅へと向かった。

*  *  *  *  *

「ただいま…」
 将臣がダイニングに入ると、知盛はちゃっかり夕食の真っ最中だった。
 ちょうど譲が湯飲みを知盛の前に置いた。
「おい譲、こいつにそんなサービスすることねぇぞ。お茶が飲みたきゃ自分で淹れさせろ」
「…?」
 譲は不思議そうに首を傾げると、お盆を小脇に抱え、台所に引っ込んだ。
 知盛は箸を動かす手を休めることなく、口に頬張ったご飯をもぐもぐしながらニヤリと笑った。
「クッ…、兄上はご機嫌斜めと見える…」
「なっ! お前なぁ……」
 将臣はドサリと音を立てて椅子に座ると、テーブルに頬杖をついて知盛を睨んだ。
「いいか、他人の携帯に勝手に出るな! 誤解を生むだろうが!」
 一応『他人の』を強調する将臣。
 知盛はおもむろに小鉢のなかの里芋にグサリと箸を突き刺した。
「どんな誤解をした…? あぁ…、俺が神子殿と…?」
「うっ…」
 知盛の含み笑いに将臣の顔が赤く染まる。事実そんな想像をしたのだから、返す言葉もない。
「クッ…、病に倒れた女をどうこうするほど、俺は悪趣味じゃないさ…。少しは抵抗されたほうが、燃えるだろう…?」
 ガタンと大きな音を立てて椅子が倒れた。将臣が急に立ち上がったからだ。
「それが悪趣味だっつーの! いいか、あいつにヘンなことすんなよ!」
 将臣はあまりにも子供じみた捨てゼリフを吐いてしまった自分が少し恥ずかしくなった。
 チッと舌打ちすると、カバンを掴んで自分の部屋へ走った。
 残された知盛は肩を震わせて笑っていた。
 せっかく刺した里芋が、震える箸から滑り落ちて、小鉢の中へと戻っていった。

*  *  *  *  *

 翌日、学校帰りに将臣は望美の家を訪れた。
 コンコン
 ノックの音に、中からはい、と返事がする。
「俺。入ってもいいか?」
「あ… うん、どうぞ」
 将臣が部屋に入ると、望美はベッドの上に身体を起こしていたものの、隠れるように鼻まで布団を引き寄せていた。
 キスをしてから初めて顔を合わせたことが気恥ずかしいのだろう、見えている目元がうっすら赤く染まっていた。
 そんな顔をされると、将臣としても多少照れ臭かった。
「どうだ、調子は?」
「うん、まあまあ、かな。もう熱も下がったし」
 会話が途切れる。気まずい雰囲気が流れた。
 将臣はそんな雰囲気を壊すように、よっ、掛け声をかけて椅子にまたがると、背もたれを抱きかかえた。
「それにしても災難だったな。ったく、知盛のヤツ、木刀なんか見つけてきやがって」
「そのことで相談があるんだけど」
「なんだ?」
 望美は少し考えてから、将臣をしっかりと見据えた。
「私…… 知盛とちゃんと戦おうと思う」
「戦うって…… こっちにゃ剣なんてないぜ?」
「うん、だからそこは木刀で我慢してもらわなくちゃいけないけど…… でも、変な小細工しないでちゃんと決着つけなきゃいけないんだと思うんだ。 そしたら、知盛も向こうの世界に帰る気になるかも知れないし」
 ── 果たして、そううまくいくのだろうか。
「だからね、風邪が治ったら、剣の稽古に付き合ってほしいんだ」
「そりゃかまわねぇが…… あいつが帰る気になったとして、帰せるのか?」
「それは…… わからないけど……。逆鱗がまだあるんだから、たぶん大丈夫」
 確かに望美の言う通りなのかもしれない。
 相手が知盛とはいえ、ちょっとした『邪魔者排除計画』に少しだけ心苦しさを感じながらも、将臣は考える。
 人は在るべき処に在るほうがいいに違いない。
 将臣にとっては、望美と共に生まれ育ったこの時空が在るべき処だとはっきりと言える。
 けれど、知盛にとっての『在るべき処』は何処なのだろうか──。
 望美と知盛が真剣勝負をすることで、知盛が元の世界に帰ってくれればそれに越したことはない。
 が、胸に広がるザワザワしたものの正体がわからなかった。
 単に、望美が怪我をしてしまうかもしれない、という直接的な不安ではなく、もっと違う『何か』に対する不安だった。
「とにかく、稽古よろしくね。やっぱり少し腕がなまってるみたいだし」
「…… わかった。んじゃ、早く風邪治さねーとな。── 俺、帰るわ」
 将臣が椅子から立ち上がると、望美もベッドから降りた。見送るつもりなのだろう。
「うん、お見舞いありがと」
 将臣は扉のノブに手をかけようとして、あ、と振り返った。
「昨日は仕方ないとして……、むやみに知盛を家に上げるなよ── 襲われるぞ?」
「うん、そうだね── 家の中で木刀振り回されちゃ、たまんないもの」
 望美は真剣な顔で頷く。
「………… いや、そういう意味じゃ……」
 どこまで鈍感なんだ、と半分呆れながらも、半分は安堵している自分に将臣は苦笑すると、励ますように望美の肩にぽんっと手を置いた。
「…… まいっか」
「将臣くん?」
 きょとんとした顔の望美に向かって、将臣は素早く屈み込む。
 軽く触れた唇に、望美は真っ赤な顔で慌てて後ずさった。
「まままっ、将臣くんっ! ダメだよ、風邪移っちゃうっ!」
「人に移すと早く治るっていうぜ?」
「将臣くんが寝込んじゃったら、稽古できないでしょっ!」
「俺はそんなにヤワじゃねぇって」
「な、なによーっ、この昔の少女マンガみたいなベタな展開はーっ!」
「お前が先に言い出したんだろが」
 壁を背に張り付いてジタバタしている望美に歩み寄ると、将臣はもう一度口づける。
 完全に固まってしまった望美を壁からはがすようにして腕の中に収めると、しっかりと抱きしめた。
 さっき感じた不安が消えてしまうように、しっかりと──。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 あああぁ、どこへ転がっていくのだろう、このお話は。
 やっぱエンディングを考えないまま書くと迷走するよなぁ。
 あぁ、そろそろテンションが…っ。
 誰かあたしに『ふしぎなタンバリン』をくださいな。
 …って、ドラクエ7知らない人にはわかんないよな…。
 えっとね、バトル中にテンション溜めると攻撃力やら回復力が高くなるのよ。
 で、テンション上げるアイテムが『ふしぎなタンバリン』なのさ。

【2006/05/22 up】