■闘う者たち【6】
知盛が姿を消してからしばらくの後、竹筒をプラプラさせて将臣が戻ってきた。
「待たせたな── あれ、知盛は?」
「向こうに歩いて行っちゃった…… すぐ戻るって言ってたけど」
望美は知盛が去った方を指差しながら、小さく肩をすくめて見せた。
「ったくしょうがねぇ奴だな… ま、今に始まったことじゃねぇが」
苦い顔をして、がしがしと頭を掻く将臣。その様子に、何かを思い出した望美がクスクスと笑った。
「何笑ってんだよ」
「ふふっ、二人とも団体行動には向いてないんだなーと思って」
「はぁ? 俺はお前らのために──」
「はいはい、わかってます。水汲みご苦労さまでした」
おどけて敬礼する望美に小さく舌打ちすると、将臣は困った顔で首筋を撫でた。
次の瞬間、おもむろに望美に向かって竹筒を高く放り投げる。
パシッと小気味よい音がして、竹筒は頭上に上げた望美の手の中に収まっていた。
「おっ、ナイスキャッチ。さすが神子サマ」
「ふふん、将臣くんの行動なんて、お見通しだもんね」
腰に手を当てて得意げに胸を張る望美。
「うわ、かわいくねーっ」
将臣は思わずボソッとつぶやいてしまった。
「はい?」
「いや、なんでもねぇ」
せっかく機嫌が直ったところをさっきの話を蒸し返すような真似をして、望美の神経を逆撫でする必要はない。
不必要な呟きが聞こえなくてよかったと、将臣は胸を撫で下ろした。
その後、少し離れた木陰で昼寝をしていた知盛を見つけ、引きずるようにして先を急いだ。
将臣が蹴り起こしたせいか、知盛の機嫌はすこぶる悪かった。
目的地の瀞八丁に着いたのは、昼もずいぶん下がった頃。
その名の通り、ゆったりと流れる川面には、陽の光がきらきらと反射して美しい。
小石がゴロゴロと転がっている河原を慎重に踏みしめながら、川の流れに沿って進んでいく。
しばらく歩くと、涼しげな水音に混じって、楽しそうな騒ぎ声が聞こえてきた。
声は、川にせり出すように鎮座した大きな岩の向こうから聞こえてくる。
剣の柄に軽く手を添え、緊張しつつ大岩を回り込む。
── が、そこにいたのは数人の子供たち。大人の姿がないところから、地元の子供たちなのだろう。
「…… あれ?」
「どうやら… 狸オヤジの姿はないみたいだな……」
「… そう、みたいだね…… おかしいなぁ、選択肢がふたつあって、ひとつがハズレなら残ったもうひとつは当たりのはずでしょ、ふつー」
「普通ってお前、ゲームじゃねぇんだから、そう都合よくいくか」
将臣はハァと溜息を吐くと、ツカツカと子供たちの方へと歩み寄る。
「おーい、ちょっと聞いていいか?」
川に入って水をかけ合って遊んでいた子供たちが一斉に将臣を振り返った。大太刀を携えた武人に急に声をかけられて怯えているのか、
顔が引きつっている。
「ここらへんで、坊さんとお供の奴ら、見なかったか?」
子供たちは練習でもしたかのように、一斉に首を横に振る。
「そっか、ありがとな」
将臣は子供たちに軽く手を振ると、踵を返した。
「つーことだ。どうする?」
「… 闇雲に歩き回っても、出会える可能性は少ないだろう…。遊山でもして帰るか…?」
知盛がニヤリと笑う。
「お前、呑気すぎ。… しかし参ったな。宿とか分かれば、行き先も聞きだせるんだがな…」
「あ」
思わず出てしまった望美の声。当然、将臣と知盛の視線を浴びた。
「なんか心当たりあんのか?」
「いやその… 心当たりっていうか…… 勝浦で知盛に会う前に、後白河院に出会ったんだけど……」
望美の声が小さくなっていく。心なしか、身体まで小さくなっていくようだった。
「で?」
「…… 那智大社に宿を取るって言ってた…………」
「はぁ !?」
将臣の出した大声に、望美の身体がますます縮む。
望美が恐る恐る目を開けて将臣を見れば、将臣の目はジト目で睨み、口元はヒクついている。
「俺の記憶が正しければ、そんな名前の場所を通ったような気がするんだが… 気のせいだったかなぁ?」
首をすくめた望美の上に覆いかぶさるように、将臣の顔が迫る。
「あ、あはは…… ま、将臣くん、顔、怖いよ?」
「ったく無駄足踏ませやがってっ! お前なぁ、そういう大事なことは早く言え、早くっ!」
将臣は望美の背後に素早く回り込むと、望美の首に腕を回す。しっかり決まったチョークスリーパーが、望美の首を絞め上げた。
「くっ、苦しいよっ、ごめん、ごめんってばぁ」
逃れようと必死で暴れる望美だったが、将臣の腕の力に勝てるはずもなく。
その時、知盛が望美の首に巻きつく将臣の腕を掴んだ。
「邪魔すんな、知盛!」
「… 過ぎたことを言っても仕方あるまい? それより… これからどうするかを考えた方がよくはないのか…?」
「まぁ… 確かにな…」
我に返った将臣の腕がふっと緩む。その隙にすかさず抜け出す望美。喉をさすり、けほけほと咳き込みながら、知盛の方へ小さく手を振った。
「ありがと、知盛。助かったよ〜」
「別に助けたつもりはないが…」
喉の奥でクッと笑うと、知盛は将臣の顔を一瞥してくるりと背を向けた。
将臣たちの宿まで辿り着いた頃には、すでに空は茜色に染まっていた。
結局、本日の行動は終了することにし、三人は勝浦へ戻ることにしたのだ。
歩きながら、望美の持っている情報を踏まえ、作戦を練る。
那智大社の中で刃傷沙汰を起こすわけにもいかないため、別の開けた場所で。
後白河院の目の前で、怨霊の正体を暴くこと。
その上で、怨霊を封印する。
以上が作戦の大まかな流れである。
案を出し合い、細かい方法も決定した。
行動開始は── 明朝。
「… 今日はごめんね。明日、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる望美。
「おう、明日こそ、だな」
「うん… じゃあ、また明日。あ、知盛にもよろしく言っといてね」
宿の前に知盛の姿はない。疲れた、と言って早々に部屋に引き取ったのだ。
「わかった」
望美の頭をくしゃりと一撫ですると、将臣はニッと笑った。
望美も笑みを返すと踵を返し、ひとときの別れを惜しむようにゆっくりと歩き出した。
「望美!」
「ん?」
振り返ると将臣が駆け寄ってきた。望美の手首をさっと掴むと、元来た道を引き返していく。
「ど、どうしたの、将臣くん?」
「── 宿の裏に小さな川があってな、蛍がいるんだ。見ていけよ」
将臣は望美の方へ顔を向けることもなく、少し早口で言った。
「で、でもっ、遅くなるし──」
「泊まってけよ、どうせ明日は朝イチ出発だし」
「えぇっ !? そそそそれはっ !?」
望美の足が止まり、顔がみるみる赤く染まる。「泊まる」という言葉で何を想像しているのか一目瞭然の慌てっぷりをちらりと見て、
将臣はプッと吹き出した。
「空き部屋のひとつくらいあんだろ、聞いてやるよ」
「あ… そういうこと……」
望美の声には、ほっとしたような、残念なような、複雑な思いが表れていた。
「そういうこと、ってなんだよ」
将臣はわかっていてわざとツッコミを入れる。意地悪そうな笑みを浮かべて。
「なななんでもっ! やっぱり帰らないと、みんな心配するし──」
将臣は引き返そうとする望美の手をくいっと引っ張った。勢いのついた望美の身体は将臣にぶつかり、その腕に受け止められる。
「お前の所在を明らかにしときゃいいだろ。宿の誰かに伝えに行ってもらおうぜ、な?」
「な、って言われても…」
将臣の腕に力が込められる。
今日一日で抱きしめられること、三度目である。将臣の意思を感じるようで嬉しくもあるが、それならはっきりと言葉にして欲しいと不安にもなる。
複雑な乙女心、なのかもしれない。
「将臣くん…… なんか、強引だね」
「そっか? で、どうする?」
ほんのり赤らんだ望美の顔を覗きこんで、将臣が尋ねる。その意思確認の中に、僅かな懇願の色が入っているように思えたのは、望美の気のせいか。
「うん… 見ていく…」
「よし、決まりだな」
将臣は小さく頷いた望美の頭の上にポンと手を乗せると、そのまま宿の玄関へと向かった。
【注】
「更に闘う者たち」(1)〜(4)を「闘う者たち」(2)〜(5)として加筆修正し、再UPしています。
大幅・小幅に表現・ストーリー展開が変わっていますので、
よろしければ再度(1)よりお読みいただけますようお願いいたします。
【プチあとがき】
将臣たん暴走モード突入か !?(笑)
マンガ版ネタをちょっぴり混ぜつつ、ゲームネタ入れつつ。
さて、怨霊を退治するのはいつのことやら(笑)
それにしても、長編ってムズカシイ…。
【2006/1/14 up】