■闘う者たち【3】 将臣

「クッ… とんだ邪魔が入ったな……」
 知盛の苦笑と共に、望美の身体を束縛していた術が解ける。
「はぁ……… ぅわわっ!」
 急に自由になった身体は言うことを聞かず、ほっとしたのも束の間、望美はつんのめるように前に倒れそうになった。
 なす術なく地面に激突することを覚悟して、思わずギュッと目を固く瞑った。
「── ぅぐっ」
 目を開けると望美は首への圧迫感と共に、斜めになった状態でピタリと止まっていた。
「… ぐ…… ぐるじい」
 倒れる瞬間、知盛が望美の襟を後ろから掴んでいたのである。一緒に掴まれた髪の毛が引っ張られてやたら痛い。
「ちょっと知盛っ! 猫の子捕まえるような止め方しないでよ!」
 首を解放され、襟元を直しながら知盛に抗議すると、彼は既に抜き放った刀を両手に構え、近づく怨霊を見据えていた。
「クッ、神子殿は硬い地面との逢瀬をご所望だったか … それは申し訳ない」
 目は怨霊から離さぬまま、知盛の口元に笑みが浮かぶ。
「そんなわけないでしょ! もうちょっとこう、優しく抱きとめるとか──」
「ほう… 神子殿は俺にそんなことを期待しておられたか」
「だからーっ! … あーもう…… やっぱり『戦バカ』にデリカシーを求めたのが間違いだったのね…」
 知盛の片方の眉がぴくりと上がる。再び「戦バカ」呼ばわりされたことによるものか、「デリカシー」が意味不明だったからなのか─── おそらく両方なのだろう。
「今は… くだらん言い合いをしている状況ではないと思うが…? …… やれるか?」
「もちろんっ」
 目だけを向けて問う知盛に、望美はきっぱりと言い切り、剣を抜く。
「… クッ、いい答えだ」
「誰かさんのせいで、身体中が凝っちゃってるけどね」
 ふっと口元に笑みを浮かべる知盛に、望美も首を軽く回しながら、皮肉を混ぜた笑みを返した。
「… 余裕、だな…。… では、神子殿のために、この太刀を振るわせていただこうか……」
 鎧を軋ませ近づいてくる怨霊へと視線を戻し、刀を構えなおす知盛。
「うん、お願いっ!」
 望美はチャキッと剣を構えると、間近に迫った怨霊武者へ向かって駆け出した。

 出現した怨霊武者は5体。普段ならさして苦戦する相手ではない。
 が、既に消耗した身体に術をかけられた上、昨日の戦いで負った右腕の傷が望美の動きから精彩を奪っていた。
 痛む腕をかばうようにして振り下ろされた一撃に威力はない。一度倒した怨霊武者も、何度でも起き上がり、封印を施す暇も見出せなかった。
「くっ…」
 怨霊武者が振り下ろした剣を弾いた衝撃が傷に響く。その瞬間、力の抜けた手から剣はすっぽ抜け、弾き飛ばされてしまった。
(まずい……!)
 飛んでいく剣の軌跡を目で追い、拾おうと駆け出そうとした時、望美の身体がふわりと浮いた。
「えっ !? な、なにっ !?」
 気がつけば、望美は知盛の肩に担がれていた。
 知盛は怨霊の群れから少し離れた場所まで移動したところで望美を肩から降ろすと、後ろから片手で望美の腰を抱きすくめた。
 かつて将臣以外の男がこんなにも密着したことは、望美の記憶にはない。それも、離れ離れになって、相手への想いに気付く前のこと。 ふざけておぶさったり、腕に抱きついたり、その程度のことである。戦いの最中だというのに、否応なしに頬は熱くなり、鼓動が早まった。
「なな、ななななにっ! こんな時に何してんのっ !?」
 上ずった声でわめき散らす望美の腰を抱く知盛の手に、僅か力がこもる。
「クッ、勘違いするな…… まとめて始末する。お前の力を貸せ」
「はぁっ !?」
 知盛は口の中で何かを呟くと、怨霊に向けて剣を突き出した。
「──── 紅蓮光斬…」
 知盛の声に応えるように、剣がうっすらと光を帯びていく。その光を警戒してか、怨霊たちの足が止まった。
「何… なの…?」
 知盛は光を纏った剣をすっと横に薙ぐ。反った刃先から撃ち出された赤味を帯びた光の刃は、ヴィンと音を立てて風を切り、怨霊へと迫っていった。
 光の刃はぶつかり合ってはじけた。激しい爆発光に望美は思わず顔をそむけ、固く目を瞑った。
「うっ…」
 直後に襲ってきた腹に響く轟音に、望美は小さく呻く。
 爆発でもうもうと舞い上がった砂埃が治まった後には─── 切り刻まれた怨霊たちが地に転がっていた。
「す… ごい……」
 目の前の光景に、呆然とする望美。
「クッ… 封印せずともよいのか、神子殿? 放っておけば、再び襲ってくるかもしれんが?」
 ふいに耳元でささやかれた知盛の声に、はっと我に返る。
「どう見ても、それはない気もするけど…」
 望美はすっと両手を前にかざすと、封印の言葉を紡いだ。

「おいっ! 何だ、今の音は !?」
 将臣が山道を駆け上がってきたのは、ちょうど封印された怨霊が光の粒となって散り去った時だった。
「うん、今、怨霊を封印したところだよ」
「そうか… ま、お前が無事ならよかった─── って、お前らなんでそんなくっついてんだ」
「え?」
 気がつけば、望美の身体は知盛に抱きすくめられたままだった。
「ま、将臣くんっ、これはそのっ、術が発動して── きゃっ」
 つかつかと近づいた将臣が望美の手首を引っ張り、知盛から引き剥がす。勢いのついた望美の身体を受け止めると、 知盛から隠すかのように腕の中に閉じ込めた。
 思わぬ将臣の行動に、望美はドキドキする。しかし、その中には不思議な安心感があった。
「知盛、こいつにちょっかい出すの、やめてくれるか」
 耳を押し付けられた将臣の胸から、低く押し殺したような声が直に響く。
「ま、将臣くん !? そ、そうじゃなくてっ! ほんとに術が発動したんだってばっ!」
「にしても、抱きつくこたぁねぇだろうが」
 首を後ろにそらして見上げた将臣の顔は、険しい。
「クッ… そのお嬢さんに触れるには、お前の許可が必要だとでも?」
「ああ、そうだ」
 将臣の即答に、知盛の眉が上がる。睨み合う二人の間に一触即発の雰囲気が流れる。
 所有権を宣言するような将臣の言葉に、望美はかっと熱くなった頬を押さえ、跳ねる鼓動を感じながら将臣の腕の中に収まっていた。
 そのうち知盛の顔に笑みが戻った。
「いささか昨日の話と違うようだが…… それは失礼した」
 知盛は右手に持っていた刀をパチンと鞘に収める。
「昨日の話なんか関係ねぇっ! こいつは俺の大事な── 幼なじみだ! 女なら誰でもOKなお前みたいな奴の近くに置いといて安心できるかっ!」
 『幼なじみ』という言葉が望美の胸に突き刺さる。自分が想っているほどに将臣は自分のことを想ってはくれていないのかもしれないと思うと、 望美は小さく溜息を吐いた。と同時に、別の部分が気になってきた。
「誰でもとは…… これは異なことをおっしゃる…」
「ね… ちょっと聞いても… いいかな…」
「何が異なことだっ! お前、邸の女房たちに片っ端から手ェ出しただろうがっ!」
「それが… どうかしたのか…?」
「うわ否定しねぇっ !? そういやこないだ邸に迷い込んできたネコに懐かれてたな、あれもメスだったぞっ!」
「あのー…」
「ちょっと餌を与えてみただけだ。それは女がどうこう言うことではないだろう?」
「いーや! 他の女もそうやって手なづけてんだろっ!」
「クッ… 心外だな… ほんの少し微笑んで見せたら、勝手に熱を上げただけのこと…」
 望美をほったらかしにしたまま、男二人の兄弟喧嘩じみた言い争いは続いている。 といっても、将臣が一方的に知盛に噛みついているようにしか見えないが。
 実の弟との喧嘩では見せない将臣のテンパり具合がやけに微笑ましくもある。
 が、完全に無視されている望美はたまったものではない。望美の中で何かがプチンと音を立てて切れた。
「いいかげんにしてっ !!」
 望美の一喝に、辺りは一瞬にして静まり返る。当の望美は怒りのせいか、急に大声を出したせいか、ふるふると肩を震わせ、ぎゅっと拳を握り締めている。
「話のレベル低すぎっ! それに将臣くんっ! 私は誰でもいい女のひとりってこと !? それから昨日の話って何っ !?  どーせ私のことを女らしくないとか、色気より食い気とか、ネタにして笑ってたんでしょ!」
 望美は目をつり上げ、将臣の陣羽織の襟を掴んで引っ張った。
 将臣は意地悪そうにニッと笑う。
「ほー、自覚はあったんだな」
「どういう意味よ」
 ギロリと睨む望美の視線を、将臣は半眼で受け止めた。
「いや、お前から食い気を取ったら何が残るかなー、と思ってな」
「失礼ね! ちゃんといろんなものが残るわよ! ちょっと知盛も何か言ってやってよ!」
「出会ったばっかの知盛には、なーんもわかるわけねぇだろ」
「わかる人にはわかるのよっ! 内面からにじみ出る私のミリョクがっ!」
 望美は一気にまくし立てると、ゼイゼイと肩で荒い息をついた。
「だとよ。どう思う、知盛?」
 望美の参戦により、しばらく傍観者になっていた知盛に視線が集まる。
 知盛は二人の顔を見比べると──。
「クッ…」
「あーーーっ! 知盛まで !? もう! ── くだらないケンカしてないで、さっさと先に進むわよっ!」
 将臣と知盛の顔をそれぞれ一睨みすると、望美は長い髪をなびかせ、ひとり先に進み始めた。

「おー恐ぇ……」
「……………………」
 望美の後ろ姿を見送りながらポツリと呟いて、どちらからともなく顔を見合わせ苦笑する。
「な、言ったろ? これでもまだチャンスが欲しいのか?」
「クッ… 興味は、あるな…」
 頭をガシガシと掻いていた将臣の手が止まり、眉根に皺が生まれる。すべてに諦観している知盛の執着を初めて垣間見たような気がした。
「… ったく、やっぱお前を熊野に連れてくるんじゃなかったぜ」
 心底困ったような顔の将臣を見て、知盛がニヤリと笑う。
「追わなくていいのか?」
 先を見れば、望美の姿はずいぶんと小さくなっていた。
「やべっ! おいっ望美っ! 待てって!」
 慌てて駆け出す将臣を見送ると、知盛も二人の後を追ってゆっくりと歩き始めた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 …………。
 ノーコメント、かもしれない。
 さて、あたしはどこへ向かうというのか。

 加筆修正により、ストーリー展開に変更があります(汗)

【2005/11/18 up/2006/1/14 改】