■闘う者たち【1】 将臣

 キシャアアアァァァッ!
 かつては人であったモノが、身に纏った鎧を軋ませ、なんとも耳障りな雄たけびを上げる。
「望美! 準備、できてるな?」
 将臣は刃の反った大振りの太刀をチャキッと構え、ちらりと隣を見やる。
「もちろん!」
 既に身構えている望美が持つ両刃の細身の剣がキラリと光った。
 その目に強い意志を孕み、まっすぐに正面を見据える望美の横顔はとても美しい、と将臣は思う。
 そのままずっと眺めていたいと思った。
 『こんな時に現れやがって』── 出現した怨霊に向け、心の中で吐き捨てる。が、怨霊が現れたからこそ見せる望美の表情だと気付いて、 将臣は小さく自嘲の笑みを浮かべた。
「行くぜ!」
 将臣の掛け声を合図に、二人は群れながら近づいてくる怨霊へと向かって駆け出した。

 その様子を、少し離れた木に寄りかかり、見物する男がいた。
 平 知盛である。
 還内府・平 重盛── 将臣と共に熊野別当の元へ向かう途中、熊野川の氾濫で足止めされ、 勝浦近くで雨宿りしている時に『源氏の神子』と名乗る女と出会った。
 同行する将臣とは幼なじみだという。
 引き合わせてみるのも一興かとそうしてみれば、何の因果か怨霊退治、である。
 眠っているところを叩き起こされて機嫌は最悪に悪かったが、その怨霊をどうにかせねば熊野本宮へと辿り着けないらしい。 しぶしぶながら後白河院を追って── 正確には後白河院に取り入った女房姿の怨霊を追ってきて、ここではぐれ怨霊と遭遇したのである。
 知盛にはもとより戦う気などない。機嫌の悪さを怨霊にぶつけてもいいが、真夏の暑さの中で身体を動かすのが馬鹿らしかった。
 しかし、いざ戦いが始まると、知盛の目に冷たく鋭い光が宿る。
 身体の前でゆったりと腕を組み、気が付けば二人の動きを目で追っていた。
 将臣の剣捌きは相変わらず力強く、向かってくる怨霊武者を見事なほどに一撃で仕留めていく。
 望美の太刀筋は、舞うように軽やかな美しさだった。怨霊武者が振り下ろした剣を受け流し、ひらりと身をかわして斬りつけ、 あるいはその鋭く尖った剣先を鎧の隙間に突き立てる。
 得物の特性をよく把握した、理に適ったいい戦い方だった。
 次第に知盛の目は、望美の動きのみを追っていた。

 怨霊は剣で斬りつけても滅することはない。斬った時に苦鳴を上げるところを見ると痛みは感じるらしいが、恐怖を感じることのない彼らは、 動ける限りまた立ち上がる。
 完全に滅ぼすためには、ある程度弱らせた上で白龍の力により封印し、その呪縛から解放してやるしかないのだ。
 望美と将臣は苦戦していた。
 もともと数が多かった上、幾度でも立ち上がってくる怨霊武者たち。
 望美は封印の力を振るう機会を掴めぬまま、次々と襲ってくる怨霊と斬り結んでいた。
 怨霊の振るった剣を自分の剣の腹で受け止めた時、目の端で何かが光った。ヒヤリと背中に冷たいものを感じて、 咄嗟に目の前の怨霊を剣で押し戻し、その反動で後ろに跳び退る。
 が、それはできなかった。
 足元に倒れていた怨霊武者に右足首を掴まれたのである。
 バランスを崩しそうになりながらも、咄嗟に自由な左足の膝を折って身体を沈ませた。直後、耳元で風を切る音と共に、 右の上腕に焼けるような痛みが生まれたのを感じた。
「ぁうっ!」
 目をやれば、裂けた袖の間から一筋の朱線が見えた。
「望美っ!?」
 思わず漏れた苦痛の声に、怨霊と剣を合わせたままの将臣が叫ぶ。
「平気っ! 掠っただけ!」
 足を取られた状態では踏み込んだ一撃を繰り出せないと判断した望美は、将臣に向かって声を張り上げつつ、 掴まれた右足にすばやく重心を移すと、たった今自分を傷つけた怨霊の腹を蹴り飛ばし、 足首を掴んでいる怨霊の腕を薙ぎ落とした。

「……… 面白い…」
 望美の姿を食い入るように見つめる知盛の口から、ポツリと漏れた言葉。
 獣のようにしなやかな身体。
 迷いなく振り下ろされる剣。
 傷ついてさえ敵に立ち向かう意志の強さ。
 まっすぐに相手を見つめる、燃えさかる焔のような眼差し。
 そのすべてを自分に向けて欲しいと切望しているのに気付いた知盛は、思わずニヤリと笑みを浮かべた。
 戦う二人の発する気合いの声、怨霊たちの不気味な叫び、剣が合わさる金属音、もうもうと立ち込める砂埃。
 その中で髪を振り乱し、剣を振るう望美の美しさ。それはまるで戦女神のような───
 知盛は身体の中で血がたぎるのを感じ、それに酔っていた。

 望美が怨霊の繰り出す剣をかわして身を翻した時、2体の怨霊と剣を合わせている将臣の背後で別の怨霊が剣を振りかぶっているのが見えた。
「将臣くんっ!」
 再び自分に向けて振り下ろされた剣を弾き飛ばすと、将臣に迫る怨霊に駆け寄りざま、その背に剣を突き立てた。
「ギャアアァァァッ!」
 怨霊の苦鳴が響き渡る。
 将臣はそれまで剣を合わせていた怨霊を薙ぎ払うと、そのままの勢いでくるりと身体の向きを変え、望美が立てた剣を抜くと同時に袈裟斬りにした。
 斬られた怨霊はドサリと音を立てて崩れ落ちていった。
「サンキュ! 助かった!」
 望美は小さく頷く。
「封印する! 将臣くん、フォローお願いっ!」
「OK、任せろ! ハアァァァァァッ!」
 ゆうらりと起き上がる怨霊に向かい駆け出す将臣と、その反対側へと走り出す望美。
 望美は戦いの場全体が見渡せる場所まで行くと、剣を鞘に収め、両手を前へ突き出し、静かに目を閉じた。
「めぐれ、天の声──」
 しぶとくも望美に近づこうとする怨霊武者を将臣が斬り倒す。
「響け、地の声──」
 望美が紡ぐ鎮めの言葉に怨霊たちの身体がぽうっと白い光に包まれる。それでもまだ、剣を合わせる金属音が鳴り響いていた。
 カッと望美の眼が開かれると同時に、怨霊を包む白い光が大きくなった。
「─── かのものを封ぜよっ!」
 望美の声が響き渡ると同時に白い光は弾け、粒となった光はきらめきながら霧散していった。

「ほぅ………」
 初めて見る『龍神の神子』の力に、知盛は思わず感嘆の声を漏らしていた。
 目を閉じれば、怨霊たちが浄化され、光となって消えていった情景がまだ鮮明に残っていた。
 そして、知盛の心は躍っていた。
 『源氏の神子』と剣を交えた怨霊たちがうらやましいと思った。
 あの女と剣を合わせられるなら、自分自身が怨霊になってもかまわない、とさえ思っていた。
「クッ………」
 我ながら愚かな考えを持ったものだと、知盛は自嘲の笑みを漏らし、静かに目を開いた。
 視界に入ったのは、肩で息をしながら突き出した両手を静かに下ろしている望美と、 太刀を仕舞いながら望美のもとに駆け寄る将臣の姿だった。

「おい、大丈夫か!?」
「うん、平気だよ。ちゃんと避けたつもりだったんだけど…、へへっ、失敗しちゃった」
 ペロリと舌を出して、恥ずかしそうに頭を掻く望美に、さっきまでの獣のような雰囲気はまったくない。
「いや、大したもんだ。あの状況でよく動けたと思うぜ」
 将臣に褒められたのがよほど嬉しいのか、望美の顔が満面の笑みになる。
「それより、傷見せてみろ」
 望美の返事を待たずに、将臣は望美の手首を掴むと、着物の袖を肩まで捲り上げた。
 白く細い腕に5センチほどの一本の朱線が刻まれている。傷を負ってからも動き続けた割に、 出血はさほどひどくなかった。思ったより浅い傷に、将臣は安堵の溜息を吐いた。
 将臣は袖が落ちてこないよう望美の肩を押さえたまま、片手で腰につけた竹筒を取ると、歯で栓を抜き、望美の腕を洗い清めた。 竹筒の中身が無くなると無造作に放り捨て、懐から取り出した手ぬぐいを傷口に巻きつけ解けないよう両端を縛った。
「これでよし、っと。あとは、帰ってからちゃんと手当てしてもらえよ。── ん?」
 将臣は気が付いた。未だ掴んだままの望美の腕に、いくつかの傷痕やアザがあるのを。
「お前、傷だらけだなぁ。そんなに過酷なのか? 神子の役目ってのは」
 将臣が眉をひそめた。
「んーとね…、うん、怨霊封印してれば、これくらい日常茶飯事だし」
 そう言って、望美は笑った。
 将臣が平家の中心人物だということを、望美は知っていた。だから、源氏の一員としてあちこちの戦場に顔を出して受けた傷だということは、 将臣には言うことができなかった。
 望美の笑顔に反し、将臣の眉間の皺が一層深くなる。
「へぇ、白龍の神子も大変だな。……… で、それは?」
 将臣が指差したのは、望美の足。向こう脛あたりにまだできて間もないらしい痛々しい青アザがあった。
「あぁ、これはね…… 昨日、厨(くりや)に晩ご飯取りに行って、土間から上がる時にぶつけたの」
 一瞬の沈黙の後、将臣が盛大に吹き出した。
「はははははっ、お前、相変わらずドジやってんなー」
 笑いながら、将臣は掴んでいた望美の腕から手を離すと、捲られたままの望美の袖をそっと元に戻してやった。
「うぅ、そんなに笑うことないじゃない。痛くて痛くて涙が出たんだから。でも、持ってたお膳、落とさなかったんだよ」
 どうだ参ったか、と言わんばかりに望美は胸を張った。
「ああエライエライ、大したもんだ。食いもんへの執着はお前の右に出るものはないからな」
 将臣は依然ゲラゲラ笑いながら、望美の髪がぐしゃぐしゃになるほど頭を撫で回していた。
「ひどーい……… それって褒め言葉じゃないよ、将臣くん」
「悪ぃ悪ぃ─── けど、あんまり無茶するんじゃねぇぞ、いいな?」
「うん……… 将臣くんも……」
 望美は頭の上で動きを止めた将臣の大きな手の上に、自分の両手をそっと重ね合わせた。
 将臣は答える代わりに、他の人間には見せることのない優しい笑顔を望美に向けた。 その中には、寂しげで辛そうな色がほんの少し混ざっていた。

 知盛は背中を預けていた木を蹴って身体を起こすと、完全に二人の世界に入っている将臣たちの横を足音高く通り過ぎた。
「あっ、おい知盛っ、どこ行くんだよ!?」
 知盛は立ち止まると、肩越しにちらりと二人を見やった。
「院のおわす場所…… 決まっているだろう?」
「いや、今日はもう帰るぞ」
 知盛は、なぜ、と問いたげにピクリと片眉を上げる。
「えっ、どうして? あの怨霊を封印しないと、熊野大社に行けないんだよ?」
「ここまで待ったんだ、明日でもかまわないさ。ま、今日の明日で完治は無理だろうが、まずはお前がちゃんとした手当てしてもらうのが先だ」
 将臣は望美の頭をぽむぽむと優しく叩く。
「このくらいの傷なら、私は大丈夫だよ!」
「まあそう言うな。熊野川にあれほどの影響を及ぼす怨霊だ、こっちも万全でいかねぇとな」
「でも──」
 不安げに眉を曇らせる望美に、将臣は小さく溜息を吐いた。
「明日、宿まで迎えに行くから。今日は帰って休め、な?」
「絶対だよ、知盛と二人で勝手に行っちゃわないでよ!?」
 望美は将臣の腕をガッチリと握っている。今にも消えそうな何かを、必死で繋ぎとめようとしているかのようだった。
 そのあまりの形相に、将臣にふっと笑みが浮かぶ。
「当たり前だろ。お前置いて行って、誰が怨霊封印するんだよ」
「あ、そっか……… そうだよね… うん、じゃあ明日頑張ろう!」
「ああ、期待してるぜ」
 再び二人の世界に入ってしまった将臣たちを一瞥すると、知盛は無言のまま再び歩き始めた。
 見ているほうが恥ずかしくなるような二人の空気に、さっきまでの激しい戦いが自分の夢想の産物だったような気がして、 知らず深い溜息が零れていた。

「お優しいことだな…」
 望美を送り届けた後、自分たちの宿に帰る道すがら、知盛がふいに口を開いた。
「戦で傷ついても、ろくな手当ても受けられぬまま、次の戦に借り出される… それを知らぬ兄上ではあるまい?」
「今は戦じゃない。それに、あいつも一応女だし──」
「あれは… お前の女なのか?」
 話を断ち切るように訊いた知盛の言葉に、将臣はハッとしたが、すぐに眉間に皺が刻まれた。
「… 確認したことは… ない。いつも一緒にいるのが当たり前だったからな」
「クッ… ならば、俺にも『ちゃんす』というものがある、ということか…」
 うっとりとした顔で知盛は呟いた。
「はぁ? やめとけやめとけ。面倒臭がりのお前には、あいつのお守はできねぇよ」
「余裕、だな…。あれはお前が思っているような女ではないかもしれんぞ?」
「知盛、お前… 何が言いたい?」
 ニヤリと冷たい笑みを浮かべる知盛に、将臣の表情が硬くなった。
「さあな…… クッ… 次の逢瀬が楽しみだ……」
 知盛は、いずれ訪れるであろう、望美と剣を合わせるその瞬間に思いを馳せていた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 テーマは「戦うバカップルに冷ややかな視線を送るチモ、けど望美ちゃんには興味津々」(笑)
 雨宿りで自分の正体を明かしているにも関わらず、チモのことは Out of 眼中な望美。
 ありえねー(笑)
 いや、単にバトルシーンが書きたかっただけなのさ。ヌルいけど。
 術使えよ、と言われそうですが、あたしは肉弾戦が好き(笑)
 タイトルはFF7の通常バトル音楽より。
 あの曲、好きなんです。
 それにしても、内容がピンボケなくせに無駄に長くてすんません。
 戦ってるシーンはあっという間に書けたんですけど、その後の展開が二転三転。
 後半3分の1書くのに、随分かかってしまいました(泣)

【2005/10/23 up】