■【パラレル劇場】死神と人間(7)  東金

【お題】死神と人間の、続かない恋の10題(by 追憶の苑さま)/07:冷たい刃

 12月も半ば。
 期末試験も終了した緊張の緩みと、冬休みと大きなイベントのひとつであるクリスマスが近づいてくることで学校中は苛立つほどに浮かれている。 クリスマスに関しては日本中、いや世界中が浮足立っているのかもしれないが。
 東金家が毎年開催するクリスマスパーティの準備も進んでいるが、今はそんなものはどうでもよかった。

 修理が完了した、と楽器店から連絡を受け、東金は預けていた愛器を引き取りに向かうことにした。
 学校から楽器店のある繁華街まで、冷たい風を受けながら歩く。 移動手段ならいくらでも調達できるが、今の彼は外の冴えた空気を吸いたい気分だった。
 幹線道路は仕事帰りの車で混む時間にはまだ早いが、妙に大型車が多い。 年末になると物流の行き来が活発になるし、何故かあちらこちらで道路工事をやり始めるのだ。 せっかくの清々しい空気が排気ガスで濁っていく。 そもそも幹線道路沿いで綺麗な空気を期待していたのが間違いなのだろう。
 ふ、と自嘲の笑みを漏らし、いつしか首に巻いたマフラーに顎を埋めるようにして俯いていた顔を上げる。
「── っ !?」
 つんのめるようにして足を止めた東金の真っ直ぐ見据えた視線の先に、巨大な鎌を手にした黒いミニドレス姿のかなでがひっそりと佇んでいた。
 ずっと逢いたくて仕方なかった彼女は愛らしい顔を今にも泣き出しそうに歪めている。 大きな刃が夕暮れの日を受けて赤く不気味に浮かび上がっていた。 温かみのある色に反して、その光はやけに冷たく見える。
 東金は冷たく濁った空気をすぅっと大きく吸い込んでから、彼女の顔から視線を外した。 何も見えていないような振りでただ道路の先を見つめながら、ゆっくりと歩き始める。
「あ……あのっ……」
 震えた声── 聞こえない、何も聞こえない。 そう自分に言い聞かせながら歩を進める。
「約束……守れなくてごめんなさい……針、飲みますから」
 ── 馬鹿、何を真に受けてやがる。 随分待たされはしたが、今こうして来てるじゃねえか。
「えと……今日は卒業試験前の実習で……先生の補助なしなんです……その……」
 彼女との距離がどんどん縮まっていく。 視界の端に、鎌の柄を握る彼女の手が震えているのが見えた。 縋るようにぎゅっと握り締めた拳に痛々しい程の筋が浮かぶ。 このまま真っ直ぐ彼女のところへ向かい、抱き締められたら。 だがこれ以上自分と── 人間と関わって、彼女の存在自体が消されてしまうことだけは避けなければ。
 あと数歩のところにまで来た時、彼女の顔が恐慌を起こしたように強張った。
「………や……」
 横を通り過ぎる瞬間、彼女の震える唇が何かを呟いた。
 ── あの柔らかい唇が。 そう、まるでマシュマロのような。
 振り返りたいのを必死に堪え、ぎ、と固く奥歯を噛み締めた。
「── いや……だめ……」
 ── 何が嫌で、何が駄目なんだ?
 彼女との距離は開いていく。 これでいい。
「待って!  行っちゃだめっ!」
 ── 馬鹿かお前は。 これ以上俺に関わるな。 自分が消されることになってもいいのか?
 幾分歩くスピードを速めながら、夜の色が迫りつつある空を見上げた。
 ── 心配するな。 この夜が明けたら、お前のことは綺麗さっぱり忘れてやる。
 その時、突然目の間に闇が落ちた。
 思わず足を止めた東金の顔に、いや唇には何か柔らかいものが押し当てられていて。 マフラーの上から首を何かにやんわりと締めつけられていて、少し息苦しい。
 身を翻して東金の前に回り込んできたかなでが、彼の首に抱きついて口付けていたのだ。
 視点が合わないほど近くにある彼女のきつく閉じた目尻から頬へ涙の跡がぼんやりと見えた。
 ただ突っ立ったまま、唇に触れる柔らかさがようやく現実味を帯び始めたその時だった── 後方から猛スピードで走ってきた大型コンテナ車が歩道に乗り上げ彼女の背中を掠め、轟音と共に道路脇の店に突っ込んだのは。
 もしも彼女の不意打ちによる足止めがなければ、今頃あのコンテナ車に跳ね飛ばされるか、巻き込まれるかしていたに違いない。
「── 俺は今……死んでいたんじゃないのか……?」
 首に抱きついたまま見つめてくるかなでの瞳が、悲しそうに揺れた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 急展開(笑)
 ごめんなさい、ちょっと短いよね(汗)
 このエピソードはラスト直前に入れたかったんだけど……
 お題の順番入れ替えればよかったと今頃後悔。
 さてあと3話、どう引っ張ろう(笑)

【2010/12/11 up】