■【パラレル劇場】死神と人間(6)
【お題】死神と人間の、続かない恋の10題(by 追憶の苑さま)/06:ふとしたときに、想う
休日、東金は大阪にある病院へと見舞いに来ていた。
父親の名代として見舞うのは以前父が世話になったという老人。
2、3度顔を合わせた事がある彼は既に社長業を引退し、長年に渡って病気療養中だという。
もしも東金の祖父が生きていれば同じ年配だろう。
病状は今すぐどうこうするものではないが、残された時間はそれほど長くないらしい。
それなら尚更世話になった本人が行って顔を見せてやればいいのに、と思うが、多忙な父は見舞う時間が取れず、兄二人も今は海外に出張中。
父は『東金家の人間が見舞いに行った』という事実を作ればいいと考え、末の息子に見舞いを命じたのだ。
まさかこんなところで彼女とばったり顔を合わせる、なんて都合のいい偶然があるわけもないだろうが、東金にとって病院というのは正直今一番足を向けたくない場所だった。
大きな果物籠を手土産に、お世辞にも顔色が良いとは言えない老人と差し障りのない話をして10分もしないうちに病室を辞した。
── 死神はいつ彼の元にやってくるのだろうか?
考えないようにしているつもりだったが、どうしても頭をよぎってしまう。
憂鬱な気分になりながら廊下を歩いていると、慌ただしい人の足音とガラガラとけたたましい音が聞こえてきた。
エレベータの手前のナースステーションから飛び出してきた看護師が治療器具を乗せたワゴンを押して走っていく。
その前方で翻った白衣が病室のひとつに入っていくのが見えた。
自然と東金の足はその病室へと向かった。
野次馬根性、というわけではない。
ただ、そこへ行かなければならない気がした。
扉が開いたままになっている病室の中は整然とした混乱の真っ只中だった。
酸素マスクをつけ、ぐったりと横たわる土気色の肌の老人。
ピーピーと電子音が鳴り響く中、医学の専門用語が激しく飛び交い、医師や看護師たちが様々な処置を患者に施していく。
余りに痛ましい光景から僅かに視線を外した時。
不気味なほど白い病室の壁に黒い斑点が現れた。
それはみるみる大きくなり、人の形になる。
「── っ !?」
東金は咄嗟に壁際に身を隠した。
現れたのは大鎌を手にしたかなでだったのだ。
今にも泣き出しそうな顔をした彼女は患者の枕元に立つ。
後ろから黒い姿がもう一人。
眼鏡をかけた無表情な青年だった。
かなでは目を瞑り、すっと息を吸う。
ゆっくりと目を開けると、手にした鎌の弧を描く巨大な刃を老人の喉元に当てた。
確かにベッドや周りに置かれた器具は彼女の仕事には支障がないらしい。
同時に忙しく動く病院スタッフたちの仕事にも彼女は支障とならない。
まるで老人を中心にして撮った2つの映像を重ね合わせて見ているようだった。
青年が、躊躇う彼女の白い肩にそっと手を置いた。
びくん、と肩を震わせた彼女はほんの僅かに頷いて、老人の首を刃で掬い上げるように鎌を動かした。
目を瞑りたい、と東金は思った。
だが瞼は意思を無視するかのように、ピクリとも動いてはくれなかった。
スプラッターな惨状が繰り広げられるかと思いきや、かなでが動かした刃は老人の首をすっと通り抜けた。
首が落ちる代わりに、刃の通った辺りから光る何かがふわりと舞い上がる。
ゆうらりと宙を舞った光は差し出されたかなでの手のひらに着地した。
彼女はそれをそっと手の中に握り込んだ。
ぐらり、と崩れ落ちそうになるかなでの身体を青年が受け止めた。
「……大丈夫だ。
お前はよくやった」
青年は無表情だった顔に慈しみが滲んだ淡い笑みを浮かべ、彼女のふわふわした髪をそっと撫でている。
彼の胸にしがみつくように顔を埋めているかなでが、う、と嗚咽の声を漏らした。
黒ずくめの二人は抱き合うような格好のまま、すぅっと壁の向こうへ消えていった。
緊張を断ち切られたような静寂が訪れた室内では、脈動を感知できなくなった機械が奏でる平坦なロングトーンが虚しく響いていた。
* * * * *
「── なんや、まだここにおったん?」
誰もいなくなった放課後の教室。
自分の席でぼんやりしていた東金の耳に聞き慣れた声が届いた。
振り返るまでもない。
幼稚園からの親友・土岐蓬生だ。
「部員ら、待っとうよ?」
「……年が明ければ俺たちは卒業だ。
いつまでも引退した3年を当てにするなと言っておけ」
机に頬杖をつき、窓の外に目を向けたまま、力なく言い捨てる。
はぁ、と溜息が聞こえたかと思うと、並んだ机を回り込んできた土岐が前の席の椅子に腰を下ろした。
「どないしたん?」
「……何がだ」
「こないだまでやたら機嫌がよかったと思うたら、今度はふてくされた子供みたいや。
何かあったん?」
何も答えることができずに東金は黙り込む。
── そういえば……また泣いてたな、あいつ。
ふと思い出せば眼鏡の男に抱き止められる彼女の姿まで思い出されて、やるせない気持ちと怒りにも似た気持ちが複雑に混じり合った。
「……なあ、蓬生」
「ん、なんや?」
「……『死ぬ』ってどういうことなんだろうな」
ぽつりと呟くように問いかけると、土岐は意外なことを聞いたとばかりに目を瞬いた。
それからふっと表情を和らげて、
「俺な……1回本気でヤバイことがあったんよ」
土岐の静かな声に、窓の外に向けられていた東金の視線が引き寄せられる。
土岐の整った顔には悪戯めいた笑みが浮かんでいた。
「うちの親、主治医に『覚悟しといたほうがええ』て言われたらしいわ」
幼い頃の彼は病気がちで入退院を繰り返していて、今は同じクラスに在籍しているが実は留年していて1つ年上なのである。
「でな、寝とったら誰かに覗き込まれたような気配がして目を開けてみたんや。
オカンかなー思うたら、違うとった。
真っ黒い服着た、綺麗なおねーちゃんやったわ」
ゴクリ、と喉が鳴った。
「それは……」
出てきた声は滑稽なほど掠れていた。
「そのおねーちゃんな、ニコッと笑うてからすっと消えたんや。
次の日熱が下がって、医者にももう大丈夫って言われたんやて。
おかしいやろ?」
「……そりゃ様子を見に来たものの、まだその『時』じゃなかったから帰っちまったんだろ」
土岐がきょとんとした顔をして、直後ぷっと吹き出した。
「千秋にしては珍しい答えやな。
『夢でも見たんやろ』て笑われるかと思うたわ」
彼が見たものが夢や幻ではないことを東金は知っている。
いつか今の自分の身体が終わりを迎える時、魂を刈りに来るのは彼女だといい。
その時には泣いたりせずに、笑っていてくれればいい、と思わずにはいられなかった。
【プチあとがき】
なんかお題から徐々に離れていってるような気がしないでもない……
暗いなー。
【2010/12/10 up】