■【パラレル劇場】死神と人間(4)  東金

【お題】死神と人間の、続かない恋の10題(by 追憶の苑さま)/04:再会の約束は、指切り

 よくわかりません、とかなでは空を見上げながらぽつりと呟いた。
「── あの日初めて、自分の手で魂を刈ったんです。 先生は、初めてにしてはよくできた、と誉めてくれました。 でも、もうこの『器』は朽ちていくのを待つだけなんだ、って思ったらあの場から動けなくなって……先生にお願いして、しばらく残ってたんです」
 なるほど、さっきの融通の利かなそうな男がかなでを残してあっさり姿を消したのも、これが初めてではなかったからなのだろう。 彼女の我儘を簡単に聞き入れるとは、顔に似合わず意外と生徒に甘い教師らしい。
 彼女にはちゃんと感情がある。 学校に通い、将来のために何か学んでいるというのは自分と何一つ変わらない。 ただ、住む世界が違うだけで。
 この3日間感じていた焦燥はすっかり鳴りを静めていた。
「── かなで」
「はい?」
 空に向けていた目をこちらへと向け、こくんと愛らしい顔を傾ける。
「そこまでべらべらと内部事情をしゃべっていいのか?  お前の他言無用の頼み、俺は頷いてはいないぜ?」
「へっ?」
 ひくり、と彼女の頬が引きつった。
「も、も、も、もしかして誰かにしゃべっちゃったんですかっ !?」
「しゃべったとしたら── どうするんだ?  口止め料として俺の魂を刈っていくのか?」
「そんなことしませんっ!」
 叫んだかなではきゅっと唇を引き、心外そうに吊り上げた目にはみるみる涙が浮かんでくる。 どうやら彼女の涙腺は少々強度が足りないらしい。
「言ったじゃないですか、魂を刈るのは器の使用期間が終わった時だって!  私たちは無闇やたらに鎌を振るってるわけじゃありませんから!」
 かなではふいっと顔を背けるとベンチから立ち上がった。
 この前と同じ── 彼女はここから去るつもりだ。
 前回とは違い、今回東金は呼び止める代わりに彼女の細い腕を掴んだ。 はっと振り返った彼女の困惑した瞳をじっと見つめる。
「だったらどうしてあの路地で俺に鎌を向けた?」
「そ、それは……」
 彼女の大きな瞳がせわしなく泳ぎ始めた。
「……まさか人間に見られると思ってなくて動転しちゃって……その、ちょっと脅かしたら逃げてくれるかなって思って」
「はっ、あのへっぴり腰で威嚇したつもりだったのか?」
「うっ……」
 彼女はバツが悪そうに目を逸らした。 図星をさされて恥ずかしくなったのか、ふわふわの髪から覗く耳の辺りから首筋にかけて、ほんのり赤く染まっていった。
「おまけにあれだけの長さの鎌を、あの狭い路地で振り回せるわけねえだろうが」
「あ、それは大丈夫です。 私たちは人間が作り出したものに干渉されませんから」
「は?」
 今度は東金が言葉を飲み込む番だった。
 そう言えば屋上の床から彼女たちがにょきっと生えてきたのを目にしたのはついさっきのことではないか。 身体がこの世界の物質を通り抜けられるのなら、持ち物が同じであっても不思議ではない。 広さのある場所であの巨大な鎌を横に薙がれれば逃げ場はないが、狭い場所でただ振り下ろすならどうにかなる、と思って彼女に近づいたわけだが、 両サイドから迫る壁が関係ないなら結構危険な状況だったのではないだろうか。
 ぞくり、と背筋に冷たいものが走り抜けた。
 いや、最初から彼女は自分の命を奪う気がなかったのだから同じことか。
 それよりも、思いがけず人間に見られ、威嚇した(つもり)が効き目はなく、あまつさえ捕まえられてしまった彼女がパニックを起こして泣き出してしまうのも無理はない。 つくづく面白い奴だ、と東金はこっそり笑みを浮かべた。
「── よし」
 東金も立ち上がり、彼女の腕を掴んだまま街並みが一望できる場所まで移動する。
「あれが俺が通う神南高校だ。 平日の昼間はあそこにいる。 それから向こう── 開けた土地にある大きな家が俺の自宅だ」
 海側の方向と山側の方向をそれぞれ指し示す。
「あ、あの……」
 戸惑いを隠せない彼女の掴んだままの右手をぐいっと引き寄せた。 白くて細い指をそっと包みながら握り込ませて拳の形にすると、そのうち一本、小指だけを持ち上げる。 東金はそこに自分の右手の小指を絡ませた。
「── 俺に会いに来い」
「え……?」
「こうやって指切りで約束したことを違えると針を千本飲まされる。 覚悟しておくんだな」
「えっ !?」
「それから──」
 絡めた小指に力を入れて、くいっと引っ張った。 思わずよろけた彼女がドスンとぶつかってくる。 すかさず細い腰を捕らえ、予告もなく彼女の唇に口付けた。
 途端、石像にでもなってしまったかのように身体を硬直させた彼女の反応に、東金は触れ合ったままの唇を笑みの形に歪める。
「── 口止め料、だ。 これでお前の存在を誰にも明かさないと約束してやる」
 唇が触れるか触れないかの位置でそう囁いて、温かくも冷たくもなく、ただひたすら柔らかい彼女の唇にもう一度深く口付けた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 おりょ? なんか予定と違う方向に……
 まあ東金さんですからね、強引なのはデフォルトだし(笑)
 それにしても、普通の人間にはかなでさんの姿が見えないわけだから……
 東金さん相当マヌケなことになってますね(笑)

【2010/12/04 up】