【パラレル劇場】死神と人間(1)
【お題】死神と人間の、続かない恋の10題(by 追憶の苑さま)/01:見られたことが全ての始まり
12月──
めっきり寒くなった夜の街を人々は背を丸め、コートの襟を掻き合わせ、足早に家路を急ぐ。
季節の風物詩となった街路樹のイルミネーションなんて見ていられない。
のんびりと足を止め、星空をぎゅっと凝縮したような光の粒を見上げているのは、それを見ることを目的にわざわざやってきたカップルくらいのものだ。
楽器店を出た東金千秋は真っ白に濁った溜息に思わず苦笑を漏らした。
愛用のサイレントヴァイオリンの調子が悪くて持ってきてみればメーカー送りになってしまった。
楽器店レベルでは修理不可能だったのだ。
決して無茶な使い方はしてはいないが、確かに酷使はしていたかもしれない。
受験シーズン真っ最中である高校3年生の彼は推薦での内部進学を早々と決めているため、恒例のライブや管弦楽部の後輩の指導に少々熱が入ってしまったようだ。
東金は歩き出しながらポケットに手を突っ込んだ。
大企業を営む父を持つ彼の広大な敷地に建つ豪邸まではここから距離がある。
迎えの車を呼ぼうとポケットから携帯を取り出したところで、ふと何かが聞こえた。
「── うっ── ぐすっ── うぅっ」
必死に押し殺そうとしている嗚咽の声──
たぶん子供か女の声だ。
そんな辛そうな声を聞いてしまったからには、このまま知らぬふりで通り過ぎるのは気が引けた。
人助け、なんて柄ではないが、迷子か何かならこの先の交番にでも引き渡しておこう。
明日の朝、新聞に『神戸の繁華街で殺人事件』なんて記事でも載っていたら、それこそ後味が悪い。
雑踏の中で耳を澄ますと、嗚咽はビルとビルの間の細い路地から聞こえていた。
煌びやかなイルミネーションから少し離れれば、そこは闇だった。
そしてその闇の中に、更なる闇がうずくまっていた。
「うっ、ごめんね……ごめんっ……」
黒い服を着た少女が路地に倒れている犬を撫でている。
彼女の顔から地面に向かってキラリと光るものがはたはたと絶え間なく落ちていた。
「……おい、そこで何をしている」
少女がゆるゆると顔を上げた。
表通りから差し込む僅かな明かりが、彼女の頬に伝わる涙をくっきりと照らしている。
ぼんやりと焦点の定まらない目がゆっくりとこちらへ向けられ──
視線が合った瞬間、彼女は弾かれたように立ち上がった。
暗がりでも判る明るい色のふわふわした髪。
見開かれた大きな瞳が驚きに揺れている。
華奢な身体が纏うのは闇よりも暗い闇色のミニドレス。
まるで『白鳥の湖』のオディールのようだ。
少々ボリュームの足りない胸を包むベアトップにストラップのようなものはどこにも見えず、他人事ながらいささか心配になってくる。
むき出しの滑らかな肩は上等な白磁のようで、知らず目を奪われた。
肩から伸びる白い腕には肘まで隠す黒い手袋。
細い脚はニーハイソックスに編み上げブーツ。
もちろん色は黒。
短いスカートとソックスとの間の腿の白さがやけに眩しい。
そういう趣味の者が集まる店の従業員か、とも思ったが、この寒空の下でこの格好というのはどう見てもおかしい。
現に彼女からは寒そうな素振りが全く見えなかった。
「……お前、何者だ?」
「なっ──
なんでっ !?」
少女はくるりと踵を返し、たん、と軽く地を蹴った。
人間とは思えない跳躍力で開いた距離は5メートルほど。
音もなく着地した少女は振り返りながら頭上でひらりと手を振った。
直後、東金はギョッとして目を見開いた。
瞬きするため目を閉じたほんの僅かな間に、彼女の手には大振りの鎌が握られていたのである。
柄の長さは彼女の身の丈の1.5倍。
大きく弧を描く刃は普通の草刈り鎌の5倍といったところか。
巨大化した草刈り鎌、にしか見えないシンプルな造りだ。
少女は足を肩幅に開いて少し腰を落とす。
両手でしっかりと鎌の柄を握り締め、大きな刃を振り上げた。
さっき見せられた跳躍力ならば、高く飛んで逃げることもできただろうに──
どうやら彼女は逃亡するよりも対峙することを選んだらしい。
東金はゆっくりと歩を進めた。
足を一歩出すごとに、彼の口の端は笑みの形につり上がっていく。
勇ましく巨大鎌を構えた愛らしい少女は、東金が近付くごとに変化を見せた。
きゅっと唇を噛み締めたかと思うと、大きな目にじわりと涙が溜まっていく。
腰を落とす、というより完全に腰が引けていて、内股になった膝がカクカクと震えていた。
気が付けば彼女の持った鎌の柄の先端には、彼女をそのまま小さくしたようなファンシーなマスコット人形がふるふると揺れている。
「う……うぅ……」
少女が今にも泣き出しそうに顔を歪めた時、彼女の真ん前にまで到達した東金はぽん、と華奢な白い肩に手を乗せた。
「── そんな格好で寒くないのか?」
【プチあとがき】
……何をやってるんでしょうかねぇ、あたしは。
趣味全開(笑)
基本的にここまでキャラの立場を変えたパラレルってあまり好きではないんです。
現在『社長と秘書』なんてものも書いてますが、
お分かりのとおり東かな以外ではここまでのパラレルは書いたことがありません。
大昔に書いた壮大に頭の煮えた火日パラレルが自分的に余りにイタくて、
苦手意識が芽生えたと思われます。(ここ訂正部分)
けど書いてて楽しいので、ちょっとした食わず嫌いだったんでしょう。
全10話、楽しく書いていきたいと思います。
【2010/12/01 up】