■拍手お礼連載パラレル劇場『社長と秘書』【19.宴の後】
「── おい、かなで……マジであいつら、なんなんだよ…」
「……私にもよくわかんないよ…」
ぼそぼそと密談するかのように囁き合った二人が、末席から上座の方へと視線を向けた。
そこはこの酒宴において最も盛り上がっている席だった。
「……なんだか、10歳も年が離れてるのが嘘みたいに溶け込んでるよね」
「はあっ !?
あれのどこが溶け込んでんだよっ!
単に物珍しくて群がってるだけじゃねぇかっ」
この飲み会に響也が集めたのは、高校3年生の時のクラスメイト15人。
男女比はほぼ1対1である。
かなでを除く女子全員が見目麗しい若き実業家二人を取り囲み、こぞって酌をしながらきゃいきゃいと賑やかに騒いでいた。
さらにそれを取り囲む男子が何やら興奮気味に質問をぶつけている。
大学で経済や経営について学んでいる彼らにとっては目指す道の先輩、いろいろと聞いてみたいこともあるのだろう。
先に店に来ていた二人が後から入ってきた響也に声をかけ、かなでの上司だとわかると皆が同席を是非にと勧めたことで、今の状況が出来上がったらしい。
大いに盛り上がる一群と、長いテーブルの端でちまちまと料理をつつくかなでたちとは、まるで別々のグループのようだった。
「……ったく、よりによってあいつらに飲み会のこと話すなよな…」
「えっ、私、ひとことも言ってな──
あ、もしかしたら……」
「なんだよ」
「……響也からの電話を切ったすぐ後に、社長が部屋に入ってきたから……」
「げっ、盗み聞きしといて、しれっとした顔で人の宴会に押し掛けるのかよ。
どういう神経してんだよ、まったく……」
「……盗み聞き、なのかな…?
もしかしたら、私の電話が終わるのを、廊下で待っててくれたのかも。
そしたらたまたま聞こえちゃっただけで」
「……お前、なんであいつを庇ってんだよ。
聞こえたにしても、わざわざ来ることはねぇだろ……暇なヤツ」
「うん……でも─── あっ」
元クラスメイトのひとりが少し遠くに置かれたビール瓶を取ろうと腰を浮かせた。
膝で立とうとして、アルコールのせいかバランスを崩した彼女はぐらりと傾いて、横に座る東金の膝に倒れ込む。
かなでが思わず声を上げたのは、ちょうどそのシーンを目撃してしまった時だった。
「── おいおい、大丈夫か?
あまり飲みすぎるなよ」
東金は倒れた彼女を抱き起こし、優しく隣に座らせてやると、苦笑めいた淡い笑みを口元に浮かべた。
その瞬間、きゃーっ、と黄色い声が上がった。
『助けられちゃった〜!』だの『東金さんって優しい〜!』だの、蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。
「── どうしてあのくらいのことで騒ぐんだろ」
かなではコップに半分残ったすっかり泡の消えた温いビールをぐびりと一気に飲み干し、かつん、と音を立ててコップをテーブルに置いた。
「かなで、お前──」
「え?」
覗き込んでくる響也の顔は、何か信じられないものを見るような、険しさの混ざった怪訝の表情だった。
「……なに?」
「……いや、なんでもねぇ」
拗ねたようにふいっと顔を背ける響也。
拗ねたいのはこっちの方だ、とかなでは思った。
胸の中に生まれたもやもやとした昏い何かを早く吐き出してしまいたかった。
その上、そのもやが生まれた原因がわからなくて、どうすればいいのかわからず泣いてしまいそうだった。
* * * * *
飲み会が始まってから2時間ほど経った頃。
誰かが『次行くかー』と言い出したことで、この店ではとりあえずお開きということになった。
「あ、俺、金額聞いてくる」
「おう。
で、何人だ?」
一人が伝票を持ってレジに向かい、別の一人が指差しながら人数を数えていく。
その横で割り勘の金額を算出すべく携帯の計算機機能を表示させる者がいた。
なかなかのチームプレイだ。
だが、
「── お前ら、ちょっと待て。
ここは俺が払ってやる」
そう言い放ったのは東金だった。
場にどよめきが広がる。
「うおぉ、太っ腹!」
「ゴチになります、社長!」
「ご馳走様でした〜♪」
遠慮というものをどこかに置き忘れた酔っ払いたちは、座敷を下りて清算に向かった東金の後ろ姿に深々と頭を下げると、喜び勇んで店を出た。
店の前の歩道にて行われた短い会議にて、次はカラオケに行くことが決定された。
だが、かなでは次へは行かず、帰宅しようと思っていた。
今日は週末ではなく、明日は仕事だ。
それ以上に、ここにいたくないという気持ちの方が大きかった。
それを響也に伝えると、彼もまた帰るつもりだったらしい。
どうせ帰るのは同じアパートの隣同士の部屋だ。
二人で離脱することを、まだ盛り上がっている中の誰かに伝えておこう、ということになった。
「── 東金さんも土岐さんも、カラオケ、一緒に行きますよね?」
「いや、俺はここで失礼する」
「えー、行きましょうよぉ〜」
「悪いな」
そんなやり取りを耳にしているだけで気分が悪くなったかなでは、くるりと踵を返して歩き出した。
気付いた響也も後ろからついてきた。
その時。
「── 小日向」
名前を呼ばれ、かなでの足が止まった。
振り向きたくない、と思いながらも、抗うことができずにゆっくりと振り返る。
そこに立つ東金の顔には、いつか見たものとよく似た、怖いくらい真剣な表情が浮かんでいた。
「── 来い、小日向」
かなではきゅっと唇を噛む。
すっと視線を外した。
ちっ、と微かに舌打ちの音が聞こえた。
カツカツ、と靴底がアスファルトを蹴る音が近づいてくる。
逃げなければ、と思った時には、ぐいっと腕を引っ張られていた。
「── っ !?」
「いいから来い」
東金が進むのは、かなでが向かおうとしたのとは反対方向だった。
何事かと立ち尽くすクラスメイトたちの間を通り抜ける。
「── かなで!」
後ろから、響也が自分を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ることもできず、引っ張られるまま東金を見上げる。
彼が今どんな表情をしているのか、斜め後ろからでは窺い知ることができなかった。
「── ほな、あんたらはカラオケ楽しんでなー」
そんな土岐の芒洋とした声がどんどん遠ざかっていく。
かなでは一抹の恐怖を感じながら、転ばないように必死に足を動かすだけだった。
【プチあとがき】
うっかりシリアス(笑)
さらにベタな三流ドラマのような展開で(笑)
まあ、いわゆる『複雑な乙女心』?
今回短めですみませんっ。
【2011/04/06 up】