■拍手お礼連載パラレル劇場『社長と秘書』【15.ウワサ】 東金

「── あいつ、一体何様のつもりだよっ!」
 コンビニのとんかつ弁当のご飯を口いっぱいに詰めた響也が、口からご飯粒を飛ばさんばかりの勢いで罵りながら、とんかつの一切れにグサリと箸を突き刺した。
「あいつ、って?」
 同じくコンビニのレンジで温めるだけのうどんの1本をちゅるりと啜って、かなでが首を傾げた。
 彼女が風邪でダウンした翌日の夕食風景である。
 昼近くまで眠ったおかげでなんとか回復したかなでは掃除と洗濯を済ませ、スーパーに買い物へ行こうとしたところで心配性の幼なじみからの電話を受けた。 何か買ってってやるから出歩くな、ときつく言われて今に至る。
「── お前んとこの社長に決まってんだろ!」
 口の中のご飯を飲み下し、ペットボトルのお茶をぐびりと喉に流し込んでから響也は再び毒づいた。
 昨日のことをあまり覚えていないかなでは、幼なじみがそこまでいきり立つ理由がわからない。
「何様って……社長は社長だけど?」
「そういう意味じゃねえっ」
「もう……響也ってば何をそんなに怒ってるの?」
 ガンッと勢いよくテーブルにペットボトルを置いた響也は、ぶっすりとした顔を背けながら頬杖をついた。
「……怒ってるわけじゃねぇ。 ただ……気に入らねぇんだよ」
「社長のことが?」
 頬杖のまま、こくんと頷く響也。
 東金と響也との間でどんなやり取りがあったのだろう?  疑問に思いながら、かなではしばし考える。
「……何か誤解があるんじゃないかな?」
「誤解?」
「うん。 私もそんなに知ってるわけじゃないけど……社長って、ちょっと分かりにくいとこあるみたいだから」
「はぁ?  ……ちょっとどころじゃねぇだろ」
「私もね、最初はただ『わがままで傲慢な人』だと思ってたの。 でもそれは『社長』としての姿みたい。 素になると、意外にシャイだったり、不器用な人なんじゃないかなって思う」
「はあっ !?  アレのどこがシャイで不器用なんだよっ」
「結構優しいところもあるよ。 今日だって1日休みくれたし」
 ガタン、と大きな音を鳴らして立ち上がった響也は食べかけの弁当に蓋をして、キャップを閉めたペットボトルと一緒にレジ袋に乱暴に突っ込んだ。
「響也?  もうごちそうさま?」
「……なんかムカツクから自分ちで食う」
 響也はドスドスと足音高く、部屋を出ていこうとする。
「あ、うどんのお金」
「いらね」
 バンッ、と扉が閉まり、僅かな時間を置いて隣のドアが同じように大きな音を立てて閉まるのが聞こえた。
「……何怒ってるのかな…?」
 かなでは小首を傾げ、ほぅ、と溜息を吐いてから、温かいうどんのだしを一口啜った。

*  *  *  *  *

 翌日、出社したかなではどことなく違和感を感じていた。
 挨拶してもやけにそっけない。 目が合った人に挨拶しようと微笑むとふいに視線を外される。 こちらにチラリと視線を送りながら、あからさまにひそひそ話をしている人もいる。
 ── それらはほぼ100%女子社員だった。
「── おはようございます。 ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
 秘書課に顔を出したかなでは、開口一番頭を下げた。
「おはよう。 もう身体、大丈夫?」
「はい、おかげさまで」
 ここは休む前と何ら変わりはなかった。 皆が笑顔で労わりの声をかけてくれる。 かなでは少しだけほっとした。
「── 小日向さん、ちょっと」
「はい?」
 秘書課長に手招きされ、かなではちょこちょこと歩み寄った。
「もしかすると気づいてると思うけど──」
 いつもにこやかな課長の顔に険しさが見えて、思わず緊張してしまう。
「── 後で知ってあなたが傷つくのは見ていられないから、先に言っておくわね。 『人の口に戸は立てられない』ってよく言うけど、ちょっとした噂が流れちゃってるの」
「噂……ですか?」
 課長は、ええ、と神妙に頷いてみせた。
「おととい、社長があなたを病院に連れていったでしょう?  一応、通用口から出てもらったんだけど、誰の目にも見られないようにっていうのは無理だったみたい」
「はあ……」
 今一つ話が見えなくて、かなでは首を傾げながら曖昧に返事をした。
「ほら、いわゆる『お姫様抱っこ』だったから……単刀直入に言うと、あなたと社長の関係が噂になってるのよ」
「え……ええっ !?」
 青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。 驚きのあまり、持っていたバッグはするりとかなでの手を離れ、ボスッと鈍い音を立てて床に落ちた。 あらあら、と課長がバッグを拾い上げ、ぱたぱたと埃を叩いてかなでに手渡してくれた。
「秘書課の子たちは事情を知ってるから、そういう噂に出くわした時には経緯を説明してくれてたんだけど……うちって『社内恋愛禁止』じゃない?  すっかり大火事になっちゃって消火作業が間に合わなかったのよね」
 課長は両手で頬を押さえ、はぁ、と疲れたような溜息を吐いた。
 かなでが休んでいた昨日一日で噂は大きく膨らんで、小日向かなでは社長の気を引くために仮病を使った、だの、裏から手を回して社長秘書に捻じ込んだ、だの、事実無根の噂が飛び交っているらしい。 呆然としているかなでの耳には他人事にしか聞こえない話ばかりだ。 だがこれで、出社した時に感じた違和感はこれだったのか、と理解した。
「── まあ、『人の噂も七十五日』って言うし、あなたはあなたの仕事をちゃんとこなしなさい。 私たちはあなたの味方だから」
 思わず見渡した秘書課のオフィス内、自分のデスクで仕事の準備をしていた秘書たちが一斉に力強く頷いてくれた。 無言の励ましに感動の涙が零れそうだった。

*  *  *  *  *

 その日、東金は土岐と共に出社した。
 隣に住んでいるからといって特に示し合わせたわけではないのだが、たまたまマンションの部屋を出るタイミングが同じになったため、彼の車に便乗してきたのだ。
 社長室に一歩入ると、
「おおおおおおおはようございますっ!」
 秘書用デスクからガタンとよろめきながら立ち上がり、がばっと頭を下げて挨拶するかなでがいた。
「……なんだ、もう出てきていいのか?  なんならもう一日くらい休みを──」
「おおおお茶淹れてきますっ!」
 がたがたと喧しい音を立てながら、慌てた様子で社長室を飛び出していく。
「ついでに俺のも頼むなー……て、聞こえてへんやろな」
 はぁ、と土岐が残念そうな溜息を吐く。 彼が自分の秘書が淹れるお茶を気に入っていることはよく知っている。
「……やけに挙動不審だな」
「そりゃあ……あの噂のこと、知らされたんやろ」
「噂、か……」
 何か手を打たないとマズイだろうな── そう考えながら、東金は忌々しそうに舌打ちした。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 またもすっかり間が開いてしまいました(汗)
 何をどうしたいのかわかんなくなってしまって迷走してますが、
 なんとか軌道修正できればと思ってます。
 いや、思ってるだけじゃいかんのですが(滝汗)

【2011/03/07 up/2011/03/20 拍手お礼より移動】