■拍手お礼連載パラレル劇場『社長と秘書』【12.疑惑の一夜】
朝帰りになってしまった土岐。
本来社長と共に参加するはずだったプロジェクト絡みの夕食会にひとりで出かけ、お開きになったのが明け方だったのである。
元来何事にも冷めた部分があることを自覚していた。
それは仕事に対するスタンスでも変わりはない。
だが集まった同世代の若き経営者たちがプロジェクトに懸ける意気込みは並々ならぬものがあった。
適度にアルコールが入って普段より柔軟な思考ができるようになると、素晴らしいアイディアがぽこぽこと飛び出してくるのだ。
気分は『社長代理』、もしくは傍観者的立場で参加していた土岐もどんどん楽しくなっていったのである。
当然ながらディスカッションが盛り上がった分、摂取したアルコール量も相当なもの。
帰るなりベッドに倒れ込み、僅かな眠りを貪って、目覚めてフラフラになりながらシャワーを浴びて身支度して今に至る。
時間はすでに昼に近い。
残ってしまったアルコールのせいでズキズキと痛む頭にうんざりしながら、上昇するエレベーターの独特の浮遊感に胃から込み上げてくるものを必死に飲み込みつつ、自分の部屋のあるフロアへ到着。
重い足取りで廊下を歩きながら、途中にある応接室(現・臨時社長室)の中へと何気なく目を向け、思わず足を止めた。
「……なんや千秋、もうええん?」
頭に響いた自分の声にズキリと痛みが襲ってくる。
思わず顔をしかめた。
「………重役出勤だな、蓬生」
ノートパソコンのディスプレイから視線を上げることなく、チクリと嫌味を言ってくる。
重役も重役、副社長兼支社長なのだが。
「せやかて……これも仕事のせいやで」
「ああ、わかってるさ。
昨日出たアイディアとやらをまとめたものがメールで送られてきている。
なかなかの妙案だ」
へぇ、と力なく唸る土岐。
そういえば昨日集まった中に下戸を公言したのが一人いたな、と思い出した。
酒も飲まずに明け方まで付き合った上、その場の話をレポートにまとめているとは──
自分にはできない、いや、決して進んでやらない行為に頭が下がる。
「……ま、千秋も出社してきとることやし……俺、今日は帰ってもええ?」
「ああ、かまわねえ」
相変わらずディスプレイを見つめたまま、東金はそっけなく答えた。
こんなことなら電話連絡で済ませて、家で寝ていればよかった。
そう思えば溜息が漏れる。
「……ほんなら、帰る前に小日向ちゃんに美味いお茶飲ましてもらおか」
呟いた途端、ガタタッと慌てたような物音が響いた。
音がした方へ目を向ければ、ついさっきまでパソコンに向かう親友の顔が見えていた場所に、彼が座っているプレジデントチェアの裏側が見えた。
どうして急に向きを変えたのやら。
「千秋?」
「こっ……」
「『こ』?」
「……こ、小日向なら……今日は休みだ」
「……そうなん?
看病疲れかいな。
千秋がワガママ言うて、小日向ちゃん困らせたんやろ」
光景が目に見えるようで、土岐は思わずくすりと笑みを漏らした。
すると何を思ったのか、東金ががばっと立ち上がり、つかつかと足音高く迫ってきた。
びしっ、と鼻先に人差し指を突き付けられる。
「おい蓬生!
なんであいつを家に寄越した !?
んなこと頼んじゃいねぇだろうがっ!」
東金の凄まじい剣幕に、土岐は驚いて目をぱちくりさせた。
「……別に俺は強要した訳やない、小日向ちゃんの自発的行動や。
あの子、ああ見えて責任感強いみたいやから」
「責任感が強かろうが、職場を離れれば社長も秘書もねえ。
プライベートでぶっ倒れてようが、秘書ヅラして看病なんてする必要ねえだろうが!」
ずいぶんな言われ様に、ここにはいない献身的な彼の秘書が気の毒になってきた。
ここはガツンと一言言っておくべきだろう。
「……それ、千秋のせいやで」
「はあっ !?
どうして俺のせいになるんだよ」
「昨日の朝、俺に電話したやろ。
『薬持って来い』って」
「あ?
……ああ、そういえばそんな気もするな。
お前は薬屋が開けるほど薬を揃えてるだろうが」
「……その電話な、小日向ちゃんにかかったんやで」
「……………は?」
さっきまでの勢いはどこへやら、東金は僅かに眉をひそめ、口元を手で覆って考え込んでしまった。
「あの子、『社長が大変やー!』って血相変えて駆け込んできてな。
俺が様子見てくるて言うたら、どうしても一緒に行くてきかへん。
行ってみりゃ千秋はダンゴムシみたいになってるし。
あの子が残って面倒見るて言うてくれへんやったら、俺、大事な取引先との約束、ドタキャンするハメになっとったわ」
ちょっとだけ、いや相当大袈裟に言ってやる。
元々様子を見たらすぐに出かけるつもりだったのだ。
ちょっとした風邪くらい、体力がある大人なら薬を飲んで寝ていればすぐに治る。
「そもそもなんであんな風邪ひいたん?
千秋らしくもない」
ぎくり、と肩を震わせた東金は、悪戯を咎められる子供のようにふいと目を逸らした。
「……船で海に出たら……雨に降られた」
「それで大風邪ひいたん?」
こくり、と素直に頷く東金。
多趣味な彼は船舶免許を持っていて、休日には自前のプレジャーボートで海に出ることがある。
神戸からわざわざ運ばせたのか、レンタルしたのかは知らないが、梅雨が明けきらぬこの時期に雨の備えなく海に出れば風邪を引くのも当然かもしれない。
「…………………アホ」
う、と呻いて、彼はかくんと項垂れた。
「とにかく、明日小日向ちゃんに礼を言うんやな」
一段落したところで、忘れていた二日酔いが舞い戻ってきた。
本気で自宅に帰ろうと踵を返したところで、
「あいつは今………うちで寝かせてる」
「はぁっ !?」
ぐりんっと勢いよく振り返ったら眩暈に襲われぐらりと身体が傾いて、必死に戸口にしがみ付いた。
見上げれば東金はバツの悪そうな顔を手でさすっていた。
「ま、ま、ま、まさか千秋、あの子に手ぇ出したんっ !?」
「なっ !?
誰が出すかっ、あんなガキっ!」
だったらその狼狽えぶりはなんなのだ──
土岐は信じられないものを目にしたような視線を、珍しく僅かに顔を赤らめている親友へと向けていた。
【プチあとがき】
なかなか話が進みませんね(汗)
さあ、かなでちゃんはどうなった !?
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