■拍手お礼連載パラレル劇場『社長と秘書』【9.緊急事態】
これは仕事なんだ、と割り切ってしまえば仏頂面の相手にお茶を出しても平常心のままでいられるようになり。
先輩秘書たちの手を借りつつも社長のスケジュール管理がある程度スムーズにできるようになってくると、それなりに達成感や充実感も生まれてくる。
さすがに緊張しながらの日々はかなでの華奢な肩に疲労という名の重石をうず高く積み上げていたらしい。
ようやく訪れた週末は食事をするのも億劫なほどで、自宅アパートから一歩も出ることなく過ぎていった。
週明けの月曜日、だらけた休日から気持ちを切り替えて出社の準備。
昨日隣の部屋に住む幼なじみに頼んで、夕飯と一緒に買ってきてもらった──
昨日の昼には冷蔵庫はほぼ空だったのだ──
惣菜パンを胃に収め、もそもそと身支度を整えてからメイクを始める。
ぱしゃぱしゃと化粧水を顔にはたきながらふと窓の外に目を向けて、眩い朝の光に溜息が漏れた。
そういえば洗濯物が溜まっている。
昨日も一昨日も洗濯する元気なんて皆無だったのだ。
どうせ昨日は昼前から雨が降っていたから、外に干すことはできなかっただろうが。
と、充電器の上で携帯が高らかに鳴り始めた。
「こんな朝早く、誰だろ……はいはい、ちょっと待ってくださいねー」
誰が聞いているわけでもないのに、何故か呼び出し音に答えながら席を立つ。
「え……私、何かやらかした……?」
手に取った携帯の画面には『東金社長』の文字。
職務上必要だから、と異動初日にメモリ登録させられていた社長からの電話である。
「は、はい!
お、おはようございますっ!」
『……………………』
「小日向ですけど……あの、社長?」
『……………………』
「も、もしもし?」
何度も呼びかけてはみるものの、答えが返ってこない。
耳を澄ますと、時折がさごそと物音が聞こえるだけだ。
「もしもし、社長?
何かあったんですか?」
『…………り……』
「はい?」
『……くす……り……もって……こい……』
「えっ !?
あ、あのっ、社長っ !?」
通話はぷつりと切れて、ツーツーと無機質な音が耳に響く。
突然の非常事態の到来に、かなではバッグを引っ掴むと急いでアパートを飛び出した。
* * * * *
「── あ、あのっ、支社長!」
出社した土岐が支社長室に入った途端、血相変えた人物が飛びかかるように迫ってきた。
「ど、どないしたん小日向ちゃん……って、あれ?」
ふと土岐は首を傾げた。
元々童顔の彼女が、いつにも増して幼く見える。
「ああ、そうか……今日はすっぴんなんやね、可愛らしいわぁ」
「あ゛」
くすくすと土岐が笑えば、かなでは今思い出したようにはっと両手で頬を押さえた。
寝坊でもして慌てて家を飛び出して来たのだろうか。
確かに彼女は化粧などしなくても、十分に可愛らしくはあるのだが──
けれどどんな事情があるにせよ社長秘書という職務にある以上、ある程度の身だしなみは必要ではないだろうか。
土岐はこっそりと溜息を吐く。
「そ、それよりっ!
大変なんです、社長がっ!」
「千秋が?」
「朝、電話がかかってきて、『薬を持ってこい』って!」
「……………………はぁー」
しばし考え込んだ挙句、海より深い溜息を吐き出した土岐は、自分の秘書に車の手配をするよう指示を出すことにした。
【プチあとがき】
ずびばぜん、小出しにして(汗)
頑張って更新ペース上げるから許してくらはい。
さーて東金さんに何が起きた !?
【2011/01/20 up/2011/01/29 拍手お礼より移動】