■拍手お礼連載パラレル劇場『社長と秘書』【8.誉められると嬉しいんだもん】
「……あの、支社長……今、よろしいですか?」
控えめなノックの後、おどおどと支社長室の土岐の元を訪れたのは、臨時社長秘書である小日向かなでだった。
「ああ、かまへんよ。
ちょうど一区切りついたとこや」
本当はプロジェクト用の膨大な資料に目を通す作業を始めたばかりではあったが、土岐は微笑みを浮かべながら手元の資料を閉じて脇へよけた。
とことこと近づいてきたかなでが、かちゃり、と微かな音を立てて机の上にカップを置く。
紅茶の芳醇な香りがふわりと鼻をくすぐった。
「ふふっ、千秋のついででも嬉しいわ」
「い、いえっ、ついでとかじゃなくて……と、とにかく飲んでみてください!」
どこか真剣味を帯びた顔の彼女を訝しみつつ、土岐はカップを手に取った。
いい香りだ。
琥珀色の液体を一口口に含む。
恐らく茶葉の作り手が『こう淹れてほしい』と願う理想に限りなく近い味ではないだろうか。
「── うん、いつもながら美味いわ。
小日向ちゃんは紅茶淹れるんがほんま上手やな」
土岐は正直な感想を告げた。
だが幼くて愛らしい顔を笑みに輝かせるかと思った彼女の顔は、眉間に皺を寄せた険しい表情のままだった。
「あの、お世辞とかじゃなくて……本当のところ、どうですか?」
「本当のところ、て……俺は素直な感想を言うたつもりやで?」
かなでは胸元に抱えたトレイの縁に顎を乗せ、はぁ、と落胆したような溜息を吐いた。
「もしかして千秋に『不味い』とか言われたん?」
と彼女はぶんぶんと勢いよく首を横に振る。
「……前はお茶を出すと『美味い』って言ってくださってたんですけど、ここ数日は何も言われなくて」
「……へぇ」
「淹れ方を変えたつもりはないんですけど、美味しくないのかなって」
「そんなことあらへんよ」
「じゃあ……お茶のせいじゃないとすると、私、何か社長の気に障ることをしてしまったんでしょうか?」
「なんでそう思うん?」
「何日か前から不機嫌っていうか……やっぱり私が秘書として役に立たないからですよね……」
ネガティブに自己完結してしまったかなでががっくりと項垂れる。
落ち込む彼女には悪いが、土岐は笑いを堪えるのに必死だった。
彼女の言う『何日か前』というのは、土岐が東金に『恋愛について』考えるきっかけを与えた日のことだろう。
意識した異性に冷たくあたるとは、なんと子供じみた行動だろうか。
「なあ、小日向ちゃん」
「はい?」
「千秋、出されたお茶はちゃんと飲み干してるんやろ?」
「ええ、それは」
「ほな大丈夫や。
千秋は我慢してまで不味いもんを飲み食いしたりせえへんし、小日向ちゃんのことも育てばいい秘書になると思うとる。
安心してええよ」
「……そうでしょうか……?」
項垂れたまま細く長い溜息を吐き切ったかなでは、そこらの空気を一人占めするかのごとく大きく息を吸い込み顔を上げた。
「……そうですよね、任されたからには頑張って秘書のお仕事覚えます!
お茶を淹れるのだって秘書の仕事のひとつ!
秘書が淹れたお茶をいつもいつも社長が誉めてくれるなんて考えてるほうがおかしいですよね!
うん、頑張らなきゃ!」
かなではさっきとは打って変わってポジティブな自己完結をまとめ上げ、ありがとうございました、と深々と頭を下げて支社長室を出ていった。
呆気に取られてぽかんとしていた土岐は、はっと我に返ると同時にぷっと吹き出した。
「やれやれ……可愛い顔して、意外と強敵かもしれへんな」
苦笑しながら、親友が主演を務める恋愛ドラマの成り行きを温かく見守ってやるべきか、今のうちに制作中止にすべきか、あれこれと考えあぐねるのだった。
【プチあとがき】
あれ? 東金さんの出番なし?
いろんな意味でリハビリ中です、すみません(汗)
【2011/01/13 up/2011/01/20 拍手お礼より移動】