■拍手お礼連載パラレル劇場『社長と秘書』【5.初仕事終了?】
社長と副社長、2人分のお茶を出した後、かなでは結局『明日に回せ』と言われた文書のコピーをすることにした。
彼らが使ったカップをそのままにして帰るわけにもいかない──
仕事内容はいまいち理解してないが、一応『社長秘書』なのだから後片付けをするところまでが仕事なのだろう。
とはいえ『片付けたいから早く飲め』とばかりに彼らのティータイムを眺めているのも時間がもったいない。
ならばどうせやらねばならない仕事をやって時間を潰した方がよほど建設的だ。
理不尽さに煮えくり返る心をそう宥め、かなでは秘書課に置かれているコピー機を働かせる。
秘書たちが一人二人と帰宅していく中、20部のコピーをようやく綴じ終える頃には作業を始めてから1時間近くが経っていた。
そんなに時間が経っていたことに驚いたが、単純作業な分、手を動かすことに集中してしまっていたからだろう。
秘書課の中はいつの間にか自分一人になってしまっていたことにも気づかないほどに。
重ねたコピーの縁を机にトントンと落として綺麗に揃え、
「よし、できたっと」
ちょっとした達成感に思わず満足した声が出る。
と。
「── やっと終わったのか。
だから『明日に回せ』と言っただろう?」
「えっ」
思いがけず声をかけられ驚いたかなでの手から、せっかく揃えたコピーが雪崩のようにするすると滑り落ちていった。
苦虫を噛み潰したような渋い顔をした東金と、少し困ったような苦笑を浮かべた土岐が支社長室の入り口からこちらを見ていたのである。
「あっ、あのっ、か、カップを……!」
「カップ?
……ああ、俺らが使うたカップは俺の秘書の子に片付けてもろたよ。
30分くらい前やったかなぁ」
「え、ええっ !?」
頭を横殴りにされたような気分だった。
大して広いわけでもないこの室内でそんなやり取りがあったことも気づかなかったなんて、何のために残業をしていたのやら。
「す……すみません……」
しょんぼり項垂れながら、手元に散らばったコピーをのそのそと掻き集めて胸に抱き、
「……お疲れさまでした」
ぺこり、と頭を下げて自分のデスクがある臨時社長室へと向かった。
「はぁ……疲れた……」
デスクの引き出しの鍵を開け、自分のバッグを取り出して、そこにコピーの束をバサリと仕舞い込んで再び鍵をかける。
そんなに遅い時間ではないけれど、これからスーパーで買い物して、帰って夕飯を作るなんて気力はなさそうだ。
テイクアウトかデリバリーで済ませよう、そんなことを考えながらよろよろと廊下に出る。
「── 行くぞ」
再び思いがけず声をかけてきたのは廊下にいた東金だった。
もちろん土岐もいる。
「……えっ !?
い、行くって、どこに !?」
まだ仕事が残っていたのだろうか?
もしかして指示されていた仕事を忘れてる?
……いや今日言われた仕事はちゃんとやったはずだ。
パニックになりながら、かなでは二人の顔をきょろきょろと交互に見比べた。
あまりに悲壮な顔をしていたせいか、土岐が気の毒そうに笑みを漏らした。
「夕飯食べに行くことになったんよ。
これから仲良う仕事していくための懇親会みたいなもんや」
「そ、そうですか……お気をつけて」
「馬鹿、お前も行くんだよ、地味子」
「え……ええっ !?
わ、私もですかっ !?」
東金の口から漏れた呆れ声に、思わず素っ頓狂な声で叫んでしまうかなで。
「俺らは幼稚園からの仲やからな、これから仲良うならんとあかんのはあんたと、やで。
もしかして予定でもあったん?」
「い、いえ、そ、そういうわけじゃないんですけど……」
社長と支社長と一緒に食事 !?
今朝に始まった信じられない展開からようやくひとまず開放されたと思って気が緩んだ瞬間の不意打ちだ。
だがここで断ってしまったら、明日からの仕事に支障が出そうな気がする。
「わ、わかりました……ご一緒させていただきます」
「そうか。ほな行こか」
夕飯の心配をする程度には残っていた気力もごっそり抜き取られ、げんなりと肩を落としてエレベータに乗り込んで。
1階に到着して扉が開いた瞬間、かなでは思い出した。
「あっ、ちょ、ちょっと電話を1本かけてもいいですか?」
「ええよ」
「すみませんっ」
二人から少し離れてバッグを開けた瞬間、中で携帯が鳴り出した。
ドキリとして思わずバッグを落としそうになりながら、携帯を取り出した。
「もしもし響也 !?
今電話しようと──
えっ !?」
電話の向こうから外、外、と言われるまま、ショールームのようなガラス張りの建物の外を見る。
そこに携帯を片手に大きく手を振っている姿があった。
かなではゆっくりとエントランスを歩いていた東金たちを追い越し、慌てて外に出た。
「よっ、時間ピッタシだな」
夕飯のメニューを聞いていた手前、今日は作れなくなったと報告しようとした響也である。
別に待ち合わせをしていたわけでもないのに、ここにいる理由がわからない。
「な、なんで……」
「ゼミ仲間としゃべってたら遅くなってさ。
そろそろかなでの仕事が終わる頃かなと思って、こっちに回ってみたんだ。
いつもメシ作ってもらってるし、荷物持ちくらいしてやらねーと、っていう俺の優しさだな」
そう言って響也は、へへん、と得意げに鼻を鳴らす。
かなではぺちん、と顔の前で手を合わせた。
「ご、ごめん響也、これから社長とお食事行くことになっちゃって……」
「はぁっ !?
なんだよそれ!
せっかく小腹減ったの我慢してたっつーのによ」
「ほんとにごめーん」
「……って、まあ仕事してりゃそういうこともあるよな」
ふと響也がかなでの背後に視線を向けた。
つられるように振り返ると、ちょうどタクシーに乗り込む東金の後ろ姿が見えた。
「なあ……もしかしてあれが社長?」
「う、うん……今タクシーに乗ったのが社長で、ドアのとこに立ってるのが支社長」
「へぇ……どっちも若いんだな」
「うん、すごいよね、あの年で社長なんて」
「いや、そういうことじゃねーんだけど……」
複雑そうにしかめる響也の顔を、かなではきょとんと首を傾げて見上げた。
「ま、とにかく俺のことはいいから行って来いよ。
遅くなるなら連絡しろよ、迎えに行ってやるからな」
「うん、ありがと!」
かなでは響也にひらりと手を振ると、小走りでタクシーの所へ向かった。
まるで土岐にエスコートされるように後部座席に乗り込むと、先に乗っていた東金は窓枠に頬杖をついて外を眺めていた。
「お、お待たせしてすみませんでした」
狭い車内でぺこりと頭を下げたけれど、返事は返ってこない。
視線すら向けられなかった。
怒らせてしまったのかと震え上がって身を固くする。
土岐が助手席に乗り込むと、タクシーはすぅっと滑るように走り出した。
【プチあとがき】
なかなか話が進みません(汗)
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