■拍手お礼連載パラレル劇場『社長と秘書』【3.試練のはじまり?】 東金

 まるでシステムキッチンのショールームのような小奇麗な給湯室。 どこに何があるのか分からずゴソゴソと探っていると、明らかに高価そうな陶器のティーセットが備えられていた。 いくつか置かれた茶葉の缶は、パッケージを見ただけで庶民に手が出せるものではないとわかるものだ。 どれも未開封だったから、恐らく長期滞在する社長のために準備されたものなのだろう。
「……どうせ会社の経費なんでしょ」
 ふんっ、と鼻息荒く、かなではやかんに勢いよく水を注いだ。
 こう見えて彼女は家事全般が得意であり、一時期アフタヌーン・ティーに凝ったこともあって紅茶の淹れ方には自信があった。 道具を見つけるのに手間取った分、手際よく準備をしていく。
「でも……紅茶に罪はない、よね……?」
 かなでは一度大きな深呼吸をしてから、茶葉を入れたポットに沸騰したお湯を注いだ。 蓋をしてしばし待つ。 ポットの中では開いた茶葉がひらひらと舞っていることだろう。
 ふわり、と豊かな香りが鼻をくすぐった。 カップに注ぐと色も香りも申し分ない。
「……どうせ難癖つけられるんだろうな」
 かくん、と力なく項垂れた。 あの傲慢社長と得体の知れない副社長が相手では、どんな自信作を出したとしても冷たく鼻で笑われそうな気がした。 しばらくはイジメに耐える日々が続きそうだ、と思えば自然と溜息が漏れた。

「── お茶をお持ちしまし」
 最後の「た」を飲み込んでしまったのは、さっきかなでが怒りに任せて飛び出した時とは室内の雰囲気ががらりと変わっていたからだ。 支社長の席に陣取った東金がノートパソコンを広げている。 真剣にディスプレイを見つめる二人は、さっきまで人をおちょくって遊んでいた人物とはまるで別人だった。
「── 蓬生、頼んでおいたデータを寄越せ」
「ほい、これや」
 キーを叩く東金に、土岐がUSBメモリを手渡す。 東金はそれをパソコンのサイドに差し込み、カチカチとマウスを鳴らした。
「これか……想定してたのとは差異が大きいな」
 机に肘をついた左手の指先がシャープな顎先を軽く摘まむ。
 かなでは東金の手の動きに魅入られてた。 何気ない動作が妙に絵になるというか。 整った顔立ちに溢れる自信がプラスされ、確かにこれなら恋愛禁止の社内でも極秘ファンクラブが作られるのも、若くして大きな会社を経営していることも納得できる気がした。 なんとなく、ではあったけれど。
「せやけど最新の数字やで。 千秋のプランを変更してもらわんと」
「根本的な修正が必要、か」
 ディスプレイに表示された文字を追う伏し目がちの視線が前触れもなくすっと上げられた。 それは射抜くようにかなでへと向けられて、不躾に見つめてしまっていたことを咎められたようでドキンと心臓が跳ねる。 動揺は持っていたトレイに伝わって、カチャンとカップが音を立てた。
「……茶を淹れるくらいのことでモタモタしてんじゃねえよ」
「すっ、すみませんっ!」
 かなでは手が震えてしまうのを必死に堪えながら二人の前にカップを置く。
「まあまあ千秋、小日向ちゃんはこのフロアの給湯室使うんは初めてやったんやから、そないな意地悪言わんとき」
 やんわりとなだめる土岐の言葉に舌打ちし、東金はカップを手に取り口に運ぶ。
 ── 不味い、淹れ直せ。とか言われちゃうんだろうな。
 足元に視線を落としたかなでがこっそりと溜息を吐いた時だった。
「……へぇ、美味いな」
「へっ?」
 想像とは真逆の言葉が返ってきて、思わず顔を上げたかなでの口から間抜けな声が漏れた。
「なんだ、誉めてやったんだぜ?  素直に喜べよ」
「ほんまやね、いい香りやわ」
「ああ、最初の一杯目から俺をうならせる茶が出てきたのは初めてだ」
 ははは、と楽しげに東金が笑った。 それはさっきまでの嫌な印象を払拭して余りあるほどの好青年然とした爽やかな笑みだった。
「あ……ありがとうございます」
 かなではぺこりと頭を下げると、トレイを胸に抱き締めて支社長室を出た。
 ── もしかして、意外といい人、なのかな…?
 難しい顔をして小首を傾げるかなでの様子を、デスクワーク中の秘書たちが可笑しそうに眺めていた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 なんとなくゲームストーリーに沿ってみた。

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