■拍手お礼連載パラレル劇場『社長と秘書』【1.突然の人事異動】
「おはようございまーす」
「おはよー」
「はよーっす」
すっかり慣れたオフィスでの朝の光景。
部署ごとの間仕切りは上下に30センチほどの隙間がある透明な強化プラスチック(中央辺りに不透過のラインが入っているのは目隠しというより間違ってぶつからないようにという配慮らしい)
という近未来的なオフィスは外からの光を遮ることがなく、とても明るく開放的だ。
挨拶を済ませた小日向かなでは自分のデスクに向かうと、一番下の大きな引き出しにバッグを仕舞い込み、パソコンの電源を入れた。
C&Hコーポレーション──
神戸に本社を置く大企業。
ある二人の青年が興した会社で、設立からまだ10年も経っていないというのに神戸市内の一等地に自社ビルを持つ優良企業だ。
設立者二人はそれぞれ社長、副社長のポストに就き、飛ぶ鳥を落とす勢いで更に業績を伸ばしている。
かなではこの会社の東日本支社(所在地:横浜)に勤務する、この春短大を卒業したばかりのOL1年生である。
人事課に配属された彼女は入社から3ヶ月経った現在ようやく一通りの仕事を覚え、働くことの楽しさを感じ始めていた。
「── 小日向くん、ちょっと」
「あ、はい!」
社員からの申請書類の処理を始めたかなでに人事課長から声がかかった。
課長のデスクに向かうと、1冊のファイルを差し出される。
「すまんがこれ、秘書課に持ってってくれるか」
「はい、行ってきます」
かなではファイルを受け取ると、一旦自分の席に戻ってパソコンをスリープモードにしてから急ぎ足で人事課を後にした。
「── 失礼します。
人事の小日向です。
ファイルをお届けにまいりました!」
秘書課に到着したかなでは、入り口で声を張り上げ、がばっと頭を下げる。
何事にもオープンなこの会社には基本的に扉というものはない。
例外として会議室と保管庫、そして支社長室にのみ扉があった。
だが保管庫以外は壁の透明化は当然ではあったが、機密事項処理時のためのブラインドが備えてある。
頭を上げたかなでの視線の先、秘書課の奥にある支社長室のブラインドは今は下ろされていた。
「ご苦労様。
ちょっと待っててもらえる?」
秘書課長の女性がファイルを受け取り、支社長室の扉をノックした。
失礼します、と中へ入っていく。
用事は済んだはずなのに、何故待たされるのか。
理由が解からないかなではドキドキしながら不躾にも秘書課の中を見回した。
他にすることがない、というのが本音だったが。
秘書課、といえば普通『ミス○○』の会場かと思うほど美しい女性が居並んでいるイメージがある。
だがこの会社の秘書課は男女比率が半々。
仕事をするのに性別は関係ない──
という、実力主義の社長の意向らしい。
とはいえ秘書課にいる女性社員はみな、同性であるかなでから見てもうっとりするほどの美人揃いなのだが。
── そういえば。
ふとかなでは思い出す。
この会社にはオープンな社風にしては意外すぎる社内規則があった。
それは──
『社内恋愛禁止』。
会社というものはあくまで仕事をする場所であって、男女の出会いの場でも愛をはぐくむ場でもない、というのが社長のポリシーなんだとか。
モテない男のひがみ根性かと思いきや、今年30歳になる若き社長は極秘の社内ファンクラブが存在するほど眉目秀麗だった。
スポーツや芸術関係も嗜み、会社を興すほどの頭脳も備えている。
要するに『天は彼に二物も三物も与えている』のである。
といってもかなでにとっては大して関係のないことだった。
『社長』は雲の上の存在であり、本社での入社式の時に壇上で訓示を述べる姿を遠目に見たきりだったし、自分が所属する東日本支社の支社長ですら滅多にお目にかかることはないのだから。
「── 小日向さん」
ふいに名前を呼ばれ、かなではハッと我に返る。
ぼんやりしているうちにすっかり思考に耽っていたらしい。
「は、はいっ!」
慌てて返事をすると、支社長室の扉から顔を出した秘書課長が苦笑しながら手招きしていた。
秘書課内を突っ切り扉の所まで行くと、中へと招き入れられた。
入れ替わるように秘書課長が出ていく。
「え……あ、あのっ」
「── あんたが小日向ちゃん?」
「えっ? ……は、はいっ!」
縋るように扉を見つめていたかなでは後ろからかけられた声に弾かれたように振り返った。
支社長の大きなデスクの向こうに立っている人物。
腰までの長い髪を緩く纏め、整った顔に赤い縁の眼鏡をかけている。
退廃的な耽美さを持つこの男性がC&Hコーポレーション副社長 兼 東日本支社長・土岐蓬生である。
土岐は手にしたファイル──
さっきかなでが届けにきたもの──
に目を落とし、綴じられた書類をぱらぱらとめくってから再びかなでへと値踏みするような視線を向ける。
「……取り立てて優秀、いうわけでもないみたいやけど……」
「え゛」
グサリと突き刺さるような評価をぽつりと呟かれ、かなでの口元がひくりと引きつる。
「まあええわ。
あんた、明日から社長付きの秘書やってもらうから、そのつもりにしといてな」
「え………ええーっ !?」
かなでには会社のトップの前だと言うことも忘れて、ただ叫ぶことしかできなかった。
【プチあとがき】
あたしは何を血迷ってるんでしょうかね?
ついったで『東かな年の差秘密の恋』なんて話題が出たもんで。
あ、もしよければ希望する今後の展開をつぶやいてみてください。
取り入れさせていただきますので。
あ、読者参加型SSっていいんじゃないかな(他力本願)。
【2010/09/24 up/2010/09/30 拍手お礼より移動】