■SEASONS【II.Winter(1)】
戸外で吐く息が白く濁り始めた頃。
休日の昼下がり、部屋で宿題を片付けることに精を出していたかなでの元に来客があった。
「もしかして、東金さん?」
眉を顰めながら、かなでは呼びに来てくれた親友へ訊く。
「……なんだ、その顔は?
ヤツが来るのは迷惑だと言わんばかりだな」
「ち、違うよっ!
……年が明けたらすぐに入試なんだよ?
それなのに遊んでちゃダメじゃない」
「まあ、確かにな。
是が非でも大学に合格して、横浜に来てもらわないと── だろう?」
ニヤリ、とチェシャ猫のような笑みを浮かべる親友の視線に、思わずかなでは頬を染める。
「そ……そうだよ、その通りですっ!」
どんなに隠していてもすべてお見通しな親友へは、開き直って素直になったほうが得策だというのは、出会ってから今までに学習したことである。
「ふふっ。
だが、残念ながら──」
辿り着いたラウンジでかなでを待っていたのは話題に上っていた人物ではなく、スーツ姿の美しい女性だった。
すっと椅子から立ち上がり、美しい所作で深々と頭を下げる。
「小日向かなで様でいらっしゃいますか?」
「あ、はいっ。
あ、あの……どちら様でしょう……?」
女性が、はじめまして、と名刺を差し出した。
そこに書かれていたのは彼女のものらしき名前と── 某有名ブランドの名前。
ファッション、アクセサリ、化粧品まで揃った、知らぬ者はいない超有名ブランドである。
「え゛っ、わ、私っ、ブランドなんてっ」
おろおろするかなでに女性は艶やかな紅に塗られた唇の端をくっと上げ、
「今日は東金千秋様のご依頼で参りました」
そう告げてあでやかな笑みを向けたのだった。
用事を済ませた女性を玄関で見送って、かなでは自室へと駆け込んだ。
真っ先に手に取ったのは携帯。
通話が繋がる僅かな時間ももどかしく、苛立たしげに指先の爪でカツカツと机を叩く。
『── ああ、かなでか?
どうした?』
「どうしたじゃありませんっ!
なんかブランドの人が来たんですけどっ!」
『ああ、今日行ったのか』
「サイズ測られたんですけどっ!
何なんですかっ!
まさかサイズで妄想っ !?」
『……ほぅ、数字で妄想して楽しめるほどのサイズなのか? お前の身体は』
「ちっ……違いますけどっ!」
電話の向こうの東金はくつくつと楽しげに笑って、まあ落ち着け、と一言。
『── お前にドレスを一着贈ろうと思ってな』
「……はい…?
ドレス……?」
『24日、うちのクリスマスパーティにお前を招待する。
拒否権はないぜ?
せっかく作らせたドレスが無駄になるからな』
── こうしてかなでは東金家が開くクリスマスパーティに問答無用で参加させられることとなった。
* * * * *
12月24日。
昼過ぎに新神戸駅に到着したかなでは、東金と土岐の二人に出迎えられた。
目を瞬いた彼女に土岐はお邪魔やった?と苦笑して、幼稚園での出会い以降、体調がよほど悪くない時以外は毎年招待を受けているのだと話してくれた。
今ではすっかり東金家の家族待遇らしい。
そんな彼の運転する車に乗り込み、まずは少し遅い昼食へ。
入ったレストランで、かなでは言葉を失い立ち尽くした。
ロングコートを脱いだ彼らは、その下に一目見て物がいいとわかるスーツを身に着けていたのだ。
土岐は紫がかった薄いグレー、東金は僅かに黒味を帯びた深い紅。
制服姿やラフな私服姿しか見たことのなかったかなでにとって、今の二人の姿は眩くも衝撃的だった。
「なんや小日向ちゃん、俺に見惚れとるん?」
「アホ、こいつの視界には俺しか入ってねえよ」
揶揄するような土岐の言葉に、東金は自信たっぷりにニヤリと笑う。
「あ、あのっ……二人とも、カッコイイ、です」
真っ赤な顔を俯けて、モジモジと呟かれた賞賛の言葉に男二人は顔を見合わせ、ふっと笑みを零す。
「そう言ってもらえると、オシャレした甲斐があるわ」
にこりと笑った土岐は、こちらへどうぞと席へ案内するウェイトレスの後に続いていく。
「ま、当然の感想だろうな」
すっと背に回された東金の手に軽く押されて歩き始めると、彼はそのまま後ろからついてきた。
席に辿り着くまでの短い距離で、かなでは食事の手をしばし止めた客たち──
特に女性客──
の視線を痛いほど感じていた。
正装した二人に見惚れているのか、そんな二人に挟まれている普段着姿の自分が余程浮いているのか──
恐らくその両方なのだろうけれど。
「好きなもの頼め」
「ああでも、あんまり食べ過ぎたら、夜のパーティのご馳走が入らんようなるで?」
席に着いてからかけられた言葉に、かなでは曖昧に笑って答えた。
パーティのことを考えれば弥が上にも緊張してきて、しばらくして運ばれてきた料理は心配される必要もないほど喉を通らなかった。
食事の後で向かったのは、しばらく前にかなでの採寸に来た女性の名刺にあった某ブランドショップ。
お待ちしておりました、とにこやかに出迎えてくれたのは、その女性だった。
「じゃあ頼む」
「かしこまりました」
かなでが口を挟む間もなく連れて行かれた店の奥。
わらわらと集まって来た女性店員たちに服を着替えさせられ、顔をぺたぺた塗られ──
神南の文化祭での出来事が頭をよぎって知らず苦い顔になったかなでは、こっそりと疲れたような溜息を吐いた。
* * * * *
── 店内に漂う化粧品の甘ったるい匂いに辟易しながら待つこと1時間。
「お待たせいたしました」
「……ほぅ」
「……へぇ」
店員に先導されて現れたかなでの姿を見て、東金と土岐は同時に溜息混じりの感嘆の声を上げた。
「可愛らしいなぁ」
「ああ、俺のイメージ通りだ。
あの白いドレスよりずっと似合うぜ」
『白いドレス』というのは、彼女が夏のコンクールの祝賀パーティで着ていたもののことである。
確かにそれを身に纏った彼女は綺麗だった。
だがどういう経緯かは知らないが、それを彼女に贈ったのが円城寺姉弟だと聞いて、ちょっとした対抗意識が生まれたのだ。
都合のよいことに、贈ったドレスを着せる機会はすぐに来る。
さてどんなものを、と考えているところで目にしたのが、例のウェディングドレスだった。
背のあまり高くない彼女には、あの白いドレスのような中途半端な長さは似合わない。
さりとてあのウェディングドレスほど短いと、他の野郎どもの目を引くから却下だ。
ふんわりと、膝が隠れるくらいの長さがいい。
チューブトップは見ていて危なっかしいから、胸元をしっかりガードできるもの。
色は── そう、向日葵のような、明るく温かみのある黄色で。
思い描いたイメージを言葉で伝え、それを元にデザイナーが起こしたデザイン画に満足し、そしてイメージ通りの彼女が目の前にいる。
鮮やかなゴールドイエローのホルターネックドレス姿の彼女は、まるで向日葵の化身のようだった。
「本当に── 似合うな」
「あ……ありがと、ございます……」
化粧を施されたかなでは、頬をチークの色よりもさらに赤くして恥ずかしそうに俯いた。
「── そろそろ行こか」
「そうだな── ほら、行くぞ」
そう言って東金は彼女に向けて肘を出す。
「ほな、俺も」
「……おい」
負けじと逆の肘を突き出した土岐を半眼で睨む。
「ええやん、今日くらい。
クリスマスなんやし」
にやりと笑う親友に溜息を返し、かなでの方へと目を向ける。
2つの肘に挟まれた彼女はきょとんとして、二人の顔を見比べていた。
「そういう格好をした時は、素直にエスコートされるものだぜ?」
「せやな── パーティへ参りましょう、お嬢様」
赤い顔の彼女は、うう、と唸って二人の腕にそっと手をかけた。
それを合図にしたように三人は店員たちの、ありがとうございました、の声と羨望の眼差しに見送られて店を出た。
その後、見目麗しい二人の青年と可愛らしい少女の関係が店員の間で様々な憶測を呼んだことを、彼らが知る由もなかった。
【プチあとがき】
いきなり冬です。いつまで経っても秋が終わらないので(笑)
ブランドはCが2つ重なったマークのとこをイメージしてます。
行ったことはないけどなー(笑)
いつもながら、季節を無視した話を書いてるよね、あたしって(笑)
【2010/07/02 up】