■SEASONS【I.Autumn(6)】 東金

 パンッ!
 パパンッ!
 大きな破裂音と共に秋の高く澄んだ青い空に散った火花。
 残った煙が朝の爽やかな風に流されていく。
 ── 神南高校文化祭開幕を高らかに知らせる合図である。

*  *  *  *  *

 星奏学院アンサンブルメンバー一行が神南高校へ到着したのは、土曜日のお昼前のことだった。 駅で神南の教師に出迎えられ、車で連れてきてもらったのである。 もちろん今回の文化祭参加は、きっかけはどうあれ、学校同士の正式な話し合いに基づくものなのだから、送迎はあって然るべきものだろう。
 高級そうな家が立ち並ぶ住宅街を抜け、裏門から学校へ入る。 正門周辺は生徒たちによる出店が並んでいるらしい。 職員用の駐車場に車を止め、浮き立つような活気の中案内されたのは立派な講堂。
「── うっわ……でけぇ……」
「ちょっとしたコンサートホールのようだね」
 キャパシティは星奏学院のものの3倍はあるだろうか。 生徒数がほぼ3倍のマンモス校なのだから、当然といえば当然なのだろうが。
 講堂のロビーで待ち受けていたのは──
「── 星奏学院の諸君、我が神南高校文化祭へようこそ」
 管弦楽部・元部長と元副部長コンビだった。

「── さて、2日間のスケジュールだが」
 出入りする人の流れを邪魔しないようロビーの片隅に移動して、改めて東金が口を開く。
「前もって伝えてある通り、今日の午後が最終リハで、明日の午前が本番になる。 本当ならきっちりゲネをやりたいところなんだが」
「ステージ発表するクラスや部活が多くてな、空き時間がないんよ。 練習はリハ室で我慢してな」
「ステージの雰囲気を掴みたいなら、今日の日程が終わった後に使えるように交渉してやるが?」
「そうだな、音の響きを確認しておきたい」
「わかった── 練習開始は14時。 それまでは好きに楽しめ」
「ほな、まずはリハ室に案内しよか」
 そして彼らは一泊分の荷物と楽器ケースを置きに、地下への階段をゾロゾロと降りていった。

*  *  *  *  *

 講堂のロビーはちょっとした騒ぎになっていた。
 片隅に集まってなにやら話をしている一団の中には、校内の有名人2人がいて。 残る5人は他校の制服を着ているため非常に目立つ。 それだけではなく、小柄で可愛らしい女子+それぞれ違った個性を持つ顔立ちの整った男子4人なのだ。
 たまたま講堂に出入りするためロビーを通りかかった生徒たちが足を止め、今やこの瞬間の校内で一番の盛り上がりを見せる場所になっていたかもしれない。

「きゃっ、あの子たち、カッコイイ!」
「私、あの眼鏡のクールっぽい人が好み!」
「じゃあ私は一人だけ制服が違う大人っぽい人!」
「私は制服着崩したやんちゃっぽい子がいい!」
「えー、私は小柄だけど凛々しいあの子がいいな!」

「うおっ、あの女子、可愛くね?」
「ほんまやな。後で誘いに行かへん?」

 注目を浴びる一団は話が一段落したのか、地下へ下りる階段へ向かってぞろぞろと移動を始めた。
 そんな彼らの後ろ姿を、うっとりとした表情で見つめる女子生徒がひとり。 くるんとカールしたツインテールが特徴の、そこそこ可愛い少女である。
「見つけた── 私の理想の人♥」
 彼女は夢見る乙女のように胸元で握り合わせた両手にぎゅっと力を込め、ふわりと微笑んだ。

*  *  *  *  *

 星奏アンサンブルメンバーは1時にはリハ室に戻ってきていた。
 行く先々で神南の女子生徒に囲まれてしまったため、その表情には疲れが色濃く浮かび上がっている。 女の子のあしらいには慣れているはずの人物ですらゲッソリしているのだから、相当な騒ぎになっていたのだろう。 食べ物を扱うクラスで何とか昼食を腹に収め、逃げるように帰って来たのだった。
 ちなみにかなでだけは東金と土岐にエスコートされ、遠巻きな騒ぎを引き連れながらもゆったりした時間を過ごし、リハ室には1時半に戻ってきた。
 30分早い集合は、全体リハ開始前に少し音を出しておきたい、という全員一致の共通意見により解散前に決められていたのである。

 楽器を準備した5人が、オーケストラ用に配置した椅子の前に弧を描くように整列する。
 観客から見て、かなでは一番左端の1stヴァイオリン。 当然の配置に、東金は満足そうに口元に笑みを浮かべた。
「心を静かに、一音一音丁寧に」
 如月兄が全員に向けて一言。
 そしてヴァイオリン3本にヴィオラ、チェロという珍しい編成のクインテットが奏でるのはエルガーの『威風堂々』。
 コンクールの頃よりもさらに磨きのかかったアンサンブル。
 5つの音に耳を傾けながらも、東金の視線はかなでの姿にだけ注がれる。 曲の通り堂々と、それでいて楽しげに弾いている彼女は輝いて見える。
 ぱらぱらと集まり始めた神南管弦楽部の部員たちは、リハ室に入ってきた瞬間、皆一様に息を飲んだ。 たった5つの楽器で奏でられる豊かな音の響きに圧倒されて。
「……すげえ」
「さすが全国一……」
 こっそりと囁かれる部員たちの溜息混じりの賞賛に、東金は自分のことのように嬉しくなった。
「……あの1stの子……」
「あっ、こないだ来た子じゃん」
「うわ……ただ可愛いだけの子かと思ってたけど……」
「……すげぇ、上手すぎる……」
「そりゃ部長が気に入るはずだよな」
 そんな囁きが聞こえてきて、ますます東金はご満悦になっていく。
 5人が曲を弾き終えた時、リハ室は賞賛の声と指笛と大きな拍手に包まれたのだった。

*  *  *  *  *

 リハとステージでの音の確認を終え、学校が用意したホテルで一泊し。
 日曜日の午前中に行われた管弦楽部の演奏会は、満員の客席からの盛大な拍手で無事終了した。
 夕方の新幹線までの数時間、文化祭をかなでと二人で楽しもうと思っていた東金は、彼女の姿が片付け中のリハ室のどこにも見当たらないことに気がついた。 荷物はあるからトイレにでも行っているのだろうか、としばらく待ってみるが、一向に戻ってくる気配はない。 2つある扉のどちらもが、片付けを終えてクラスの仕事へ戻っていく部員たちが出て行くのみだった。
「あれ…?  かなでのヤツ、どこ行ったんだ?」
 彼女の不在にようやく気づいたのか、如月弟がすっかり閑散となったリハ室の中を見回しながらぽつりと呟いた。
「おかしいですね。 ここに戻ってくる時は、確かに一緒だったのに……」
 意志の強そうな眉を微かに寄せ、星奏のチェリストが首を傾げる。
 と、まだ残っていた二年生の男子部員の一人が、
「あ、小日向さんなら、さっき廊下でうちのクラスのヤツと話してるのを見かけましたけど」
「チッ……もうあいつの花の芳しい香りに引き寄せられてきた虫がいたか」
 苦々しく吐き捨てる東金に、「お前が一番の『悪い虫』だろうが」と誰かがボソッとツッコミを入れたのだが、幸か不幸か彼の耳には届かない。
「いえ、女子っすけど」
「なんだと?  ……そうか、あいつの魅力は女にも通じるんだな……いやまさか、それを妬まれて……?」
 難しい顔で考え込みながら呟く東金を、示し合わせたかのように皆が見事にスルーする。
「……まずは電話をかけてみてはどうでしょう?  先輩が持っていた小さいバッグが見当たらりませんし」
「そうだな」
「もしこの部屋で着信が鳴ったらアウトやけどな」
「── 俺がかける」
 言いながら、ポケットから出した携帯を操作する東金。
 呼び出し音が鳴り始め、彼はすっと視線を上げた。
 室内のどこからも着信音らしきものは聞こえず、残された彼女の荷物の中で震えている様子もない。
 しばらくするとプッと小さな音がして、電話がつながった。
「── おい、何ひとりでフラフラと」
 不意にぷつりと言葉を切った東金の顔が、みるみるうちに蒼褪めていく。
「『助けてくれ』って……何があった !? お前、今どこだ !?」

〜つづく〜

【プチあとがき】
 事件です(笑)
 1話にするには少し長くなりそうなので、途中で切りました。
 真相解明は次回。

【2010/06/16 up】