■彼と彼女と彼のツレ【5:質問の発展】 東金

 だむっ。
 ラウンジのテーブルの上に勢いよく置かれたモノを見て、東金は眉間に皺を寄せた。
 籐を編んだ小振りな籠にはカッティングの美しいレースペーパーが敷かれ、淡い色合いの流れるような書体のアルファベットが踊るフィルムで包装された茶色い物体が3つ並んでいる。
「……なんだ、これは…?」
「マドレーヌ、です」
「それは見ればわかる」
「時間がなかったので手作りじゃないんですけど」
「それも見ればわかる」
「このあたりでちょっと評判の『はちみつマドレーヌ』なんですよ」
「……それで?」
 すっと目を細めて彼女の顔を一瞥し、開いていた新聞の株価一覧に視線を落とす。
 迷惑そうに見せているつもりだが、これから彼女がどういう行動に出るのかはある程度予測がついているので、不味いことにどう頑張っても口元が緩んでしまう。 仕方がないので新聞でそれとなく顔を隠した。
「質問です! 東金さんは今、恋をしてますか?」
 ほら、やっぱ──
「── はぁっ !?」
 彼女が投げかけてくるだろうと思っていた内容と違う!  というより、恋をしている真っ最中であるその相手からそんなストレートに訊かれるなんて、全くの予想外である。 動揺した東金は思わず手の中の新聞を握りつぶしていた。
「なっ、なんで俺がお前と恋バナをしなきゃなんねえんだ!」
「えー、だって東金さんの音、キラキラしてるし」
「それが俺の恋にどう繋がるっ !?」
「榊先輩が言ってました、『女の子は恋をすると綺麗になるから、きっと音色もキラキラ輝くよ』って」
「俺は男だろうがっ!」
「一緒ですよ、男の人は恋をするとかっこよくなるんです!」
 と、拳を握りしめて力説する彼女から軽やかなメロディが聞こえてきた。 彼女がスカートのポケットに手を突っ込み、出した瞬間音量が高くなる。 パカッと開いた携帯の画面を見て、榊先輩だ、と呟いた彼女は電話を受けた。
「── はい、小日向です── わかりました、すぐ行きますね」
 携帯をポケットに戻した彼女は、練習行ってきます、とぺこり。 くるりと踵を返して女子棟の方へと駆けていく。 荷物を取りに部屋へ戻ったのだろう。 ややあって、ぱたぱたと軽やかな足音が女子棟から共用棟の玄関へ駆け抜けていった。

 完全に彼女の気配が消えてから、東金はずるずると椅子に身体を沈ませた。
「……何だったんだ、一体……」
 ぽつりと呟いたその時。
「ちーあーきーク〜ン♪」
「ぬわっ !?」
 滑り落ちそうになって新聞を放り出し、必死に椅子にしがみついた東金の前に現れたのは彼のツレである。 毛先だけを軽く結わえた長い髪を揺らし、ニマニマと嫌な笑みを浮かべている。
「なっ !?  ……盗み聞きとはいい趣味だな」
「いややわぁ、盗み聞きやのうて、話が終わるのをそこで待ってただけやで」
「同じことだろうっ!」
「まぁ、そうカリカリせんとき。 よかったやん、小日向ちゃんに『かっこええ』言われて」
「言われてねぇ!」
 土岐は向かいの椅子に腰を下ろすと、優雅に足を組んだ。 肘掛けに重心を乗せ、気だるげな所作で手の甲に顎を乗せる。
「そうか?  よう考えてみ?
  榊くんに『女の子は恋をすると綺麗になって音色も輝く』て言われた
     ↓
  男は恋をするとかっこよくなる、と小日向ちゃんは解釈した
     ↓
  千秋の音が輝いとるから恋をしとると小日向ちゃんは思うた
     ↓
  恋をしとる千秋はかっこええ── そういうことやろ?」
「…………」
 這い上がった椅子にぼすんと座り、腕を組んで考える。 さっきは思わなかったが、改めて整理して言われるとそんな気もしてくるから不思議なものだ。
「そう……なのか?」
「そうそう。 そやけど、チャンスを逃してしもたなぁ、千秋」
「チャンスって……何の」
「聞かれた時に答えたったらよかったのに── 『俺は今、あんたに恋をしてるんや』いうて」
「な、な、な、なっ!」
「あぁ、小日向ちゃんは今頃、榊くんとふたりっきりでどんな練習してるんやろなぁ…」
 ふわっと宙に視線を流しながら、思いを馳せるように呟く土岐。 途端、考えたくもない想像が頭の中を支配して、苛立ちがこみ上げてくる。 床に投げ出されたしわくちゃの新聞を拾い上げ、乱暴に畳んでテーブルに叩きつけた。

*  *  *  *  *

「千秋〜、忘れ物やでー」
 テーブルの上の籠に気づいた土岐は、いきり立って荒々しい足音高く自室へ戻ろうとするツレの後ろ姿に声をかけた。
「── お前が食えっ!」
 振り向きもせず吐き捨てていくツレ。
 あそこで電話がかかってこなかったら、彼らの会話はどういう展開になったのだろうか?
 1つ年下の幼なじみが見せる反応が可笑しくて、ついからかってしまうけれど── その楽しみを奪った電話の相手が小憎らしい。
「星奏の副部長さん……ちょっと目障りやね」
 完全な逆恨みだと承知の上で、土岐はにやりと口の端を上げた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 神南のみなさん、練習しようよ(笑)
 そして蓬生さんが悪人に(笑)
 星奏チームのイベントに出てくる蓬生さんはいぢわるだと思う。

【2010/03/17 up】