■彼と彼女と彼のツレ【2:「興味」】
山下公園での練習を終えた東金は、見物がてら通った元町通りの花屋の前に佇むひとりの少女の後ろ姿を見つけた。
手にヴァイオリンが握られているところを見ると、今の今まで彼女はこの辺りで練習していたらしい。
声をかけてみようかと背後に立ってみたが、気づく様子もない。
よほど熱心に色とりどりに咲く花々を眺めているのだろう。
ふと、昨日の出来事が頭によぎった。
* * * * *
セミファイナル説明会でのことだ。
神南は2日目に星奏学院と当たることになり、ようやく一昨年の決着がつけられると喜んだのも束の間、決着をつけたい相手がアンサンブルに加わらないという。
肩透かしもいいところだ。
その上、東日本大会での星奏の物足りないアンサンブルでただ音を出していただけの地味な2ndヴァイオリンが、セミファイナルで1stを務めるらしい。
侮られていることに怒りを感じ、それ以上にがっかりしていた。
幻滅した、と言ってもいい。
そして、思わず「地味子」と呼んでしまった時の彼女の泣きそうな顔が脳裏に張り付いてしまっていた。
「── ちっ……いっそ音楽と無関係ならよかったのにな……」
「ん? なんか言うた?」
「……いや、なんでもねぇ──
蓬生、景気づけにライブやるぞ」
説明会の会場からほど近い、海の見える公園。
ひとたび音を鳴らせば、わらわらと人が集まってくる。
1曲終わるたび、きゃーきゃーとやかましいほどの黄色い声が飛び交った。
そんな反応はいつものこと。
人を酔わせ、熱狂させるのが自分たちの演奏スタイルなのだから。
最後の曲を弾き終えてぐるりと見回した観衆の中に、彼女がいた。
祈りを捧げるかのように胸元で両手をぎゅっと握り合わせ、大きな瞳からはらはらと涙を零している。
熱狂のあまり感情が高ぶって泣いてしまう、という反応はこれまで何度も目にしてきたが、あんなにも静かに泣かれたのは初めてかもしれない。
「── なんだ、星奏の地味子じゃないか。
どうだった、俺たちの演奏は?」
多少の動揺をぐっと押しとどめ、いつもの調子で訊く。
「うっ……なんか………感動して……っ」
言葉を絞り出すやいなや、彼女の目からだーっと涙が溢れ出す。
「あーもう、かなでっ! 涙ぐらい拭けって!」
彼女の隣にいた少年が、ポケットから引っ張り出したハンカチで彼女の顔を乱暴にぐしぐしと拭ってやる。
いつものこと、と言わんばかりの彼のその行動に苛立ちを感じつつ。
「── そんなのは当然だ。
感動させるためにやってるんだからな」
そして言い放ってやったのだ──
お前には「花」がない、と。
* * * * *
「── ずいぶん熱心だな。
何を見ている?」
ぴくっと肩を震わせて、彼女が振り返る。
「あ………えと……花…?」
こくっと小首を傾げての彼女の答えに、思わず吹き出しそうになった。
「何を見る」もなにも、花屋にあるのは花だけなのだ。
彼女は再び花へと向き直った。
その先には鮮やかな赤やオレンジ、黄色のこんもりとした可愛らしい花。
それが入れられた容器に貼られている値札には『ポンポンダリア』と書いてあった。
東金はなんとなく思い付いて、花屋へと入った。
店員にあのポンポンダリアを全部──
20本ほどあるだろうか──
花束にするように注文して、しばし待つ。
店を出ると、彼女はまだ店先の花をじっと見つめていた。
「……なんだ、まだいたのか」
きゅっと眉根を寄せ、東金の方を見据えてくる。
彼女の視線の先は、彼が持つ花束の上にあった。
「── 「花」って、どうしたら身につくのかな…」
ぽつりと彼女は呟いた。
── 呆れた。
「花」がない、と言われて、彼女はずっと花を眺めていたのだろうか。
素直というか、バカ正直というか。
こんな時、彼の相方ならばきっと『これ、あんたにあげるわ』と手にした花束をすっと差し出すのだろうが、自分はそんなキャラではない。
しばし考えた後、東金はオレンジ色の一輪を花束から抜き取って、彼女の目の前に突き出した。
「……今のお前じゃ、この一輪にも勝てねぇがな」
「え……くれる…の?」
「この状況で他にどう考えられる?
……いいから早く取れ」
花を持つ手をさらにぐいっと突き出して。
瞬間、彼女の顔がぱあっと笑顔になった。
そう、まさに『花が咲く』ように。
「ありがとう!
あ、ちょっと待って!」
彼女は傍らに置いてあったケースに急いでヴァイオリンを仕舞うと、スカートのポケットからハンカチを出して花屋へ駆け込んだ。
すぐに花屋を飛び出してきた彼女は東金が持っているダリアの茎の切り口にそっとハンカチを巻きつけていく。
ハンカチは水が滴るほど湿っていた。
花屋に駆け込んだのはそのためなのだろう。
「あ……あの、東金さん?」
「んあ?」
彼女は巻いたハンカチの部分をそっと掴んで、不思議そうな顔で見上げている。
気づけば向かい合ったまま1本の花をふたりで持っている、という状況に慌てて手を放した。
「ありがとうございました!
さっそく部屋に飾りますね!」
ぺこっとお辞儀をしてから、彼女は荷物をひとまとめに掴んで駆け出した。
「……なんだ……やっぱ可愛いじゃねぇか……」
呆然と立ち尽くしたまま彼女の後ろ姿を見送る東金を、さっき花束を作ってくれた花屋の店員が笑いを噛み殺しながら見守っていたことを、彼は知る由もなかった。
【プチあとがき】
捏造も甚だしいというか。
でも前置きしてあるもんね、「過度な妄想を織り込みつつ」って(笑)
激しくニセモノな東金さんでごめんなさい。
【2010/03/09 up】