■彼と彼女と彼のツレ【1:8月3日の夜】
カシャン。
プラスチックが机の上で軽い音を立てた。
溜息混じりに耳からコードを引き抜いたイヤホンを机の上に放り出したのだ。
「── なんやの、千秋?
やけにご機嫌ナナメやなぁ」
狭苦しい個室のベッドの上に陣取り、雑誌をめくっていた土岐蓬生がのんびりとした口調で訊いてくる。
しばらく滞在することになった星奏学院の学生寮。
すっかりくつろいでいる彼の部屋は本来隣なのだが、暇潰しに訪れているのである。
東金千秋はCDプレイヤーの停止ボタンを押した。
シャッ、と擦れる音を残してプレイヤーは沈黙する。
中で回っていたのは、昨日まで行われていたコンクール・東日本大会のセミファイナル進出校の演奏を録音したCD。
大会関係者に手を回して入手したものだ。
「天音はともかく──
星奏は完全に期待外れだな」
「へぇ……そうなん?」
「如月もたいしたことねえな、セミファイナル進出が聞いて呆れる──
ま、俺たちの敵じゃないってことだ」
「ふぅん……そんなら、別の楽しみを見出さんとな」
「別の楽しみ…?」
ぽかんとする東金に、土岐はにやりと意味ありげな笑みを向ける。
「寮暮らしなんて、そう体験できるもんやない。
せっかく女子寮もあるんやし……ていうても、女子が2人しかおらんのは淋しいけどな」
「……そっち方面か。
くれぐれも問題だけは起こすなよ」
「わかっとうよ。
けど、二人とも可愛かったなぁ。
髪の長いほうはなんやミステリアスな感じやし、短い髪の子はぽや〜んとしてて、思わずぎゅーっと抱き締めとうなってくるわ」
「── っ !?」
なぜか息を飲む東金。
土岐は頭の上に『?』を浮かべながら観察する。
面白いことに、彼の目元がほんのりと赤く色づいていた。
「ふぅん……」
呟くと、ハッとした東金が何やら慌て出す。
「なっ、何ニヤニヤしてんだよっ!
とっとと部屋に戻ってさっさと寝んかいっ!」
「おーこわっ」
手当たりしだい物を投げつけてきそうな勢いの東金の剣幕に、土岐は慌てて部屋から退散した。
「── ふふっ、『よそいき』と『普段着』のしゃべりがちゃんぽんになってんで」
たった今出てきた扉に背中を預け、くすりと笑った。
珍しく動揺を見せた彼は、ふたりの女子のどちらを気に入ったのだろう?
くつくつと笑いながら、土岐は隣の部屋へ戻る。
明日はセミファイナルの説明会だ──
【プチあとがき】
「実は東金さんはかなでちゃんに一目惚れだった」をコンセプトに、
過度な妄想を織り込みつつゲームを辿ってみたいと思います(笑)
かなでLOVEな東金さんを、土岐さんがいぢり倒すという傾向になるかと。
しばしお付き合いのほどを。
【2010/03/08 up】