■Stormy Days【10】
音楽準備室での出来事の一部始終が、香穂子の口から語られた。
「──で、あいつが『ヴァイオリン嫌いなのか?』って聞くから、『嫌いなわけない、大好きだからずっと続けたい』って」
「あーっ、それそれ! おれが聞いたとこっ! …うわ、なんかおれ、めちゃめちゃ勘違い?」
和樹はブランコに座ったまま、うずくまるようにして頭をかかえ、わしわしと髪を掻き毟っている。
「ごめん、香穂ちゃん。…おれ、なんか恥ずかしい」
「そんな…」
「ここで香穂ちゃん待ってる間にいろいろ考えちゃって……もう香穂ちゃんと仲良くしてもらえない、とか──香穂ちゃんがおれの手の届かないところへ
行っちゃうんじゃないか、とか…。おれ、考えるの苦手なのにさ、考えれば考えるほど、よくないほうへ行っちゃって。気持ちがどんどん泥沼でさ」
和樹は照れ臭そうに後ろ頭をがしがしと掻いている。
香穂子はブランコから立ち上がると、和樹の座っているブランコの前に立ち、深々と頭を下げた。
その気配に驚いて、和樹は身体を起こした。
「あたしのほうこそごめんなさい! 朝、目を逸らしちゃったことと、お昼会えなかったことと──」
「ああ、朝の…。あれ、ちょっとショックだったかも…」
「うぅ、ごめんなさい…。だって……先輩、いろいろ言うから…その…『おれの…』…とか」
後ろ頭を掻いていた和樹の手がピタリと止まる。
見上げた香穂子の俯き加減の顔が真っ赤に染まっていた。
「あ? ………あー、『おれの香穂ちゃん』…?」
コクリと頷く香穂子の顔がさらに赤味を増し、それにつられるように和樹の頬も染まる。
ふたりを知る第三者がこの場にいたら、『正門前で毎朝、抱擁し合うおまえらを見るほうが恥ずかしいわいっ!』とツッコミたくなる光景である。
「そ、それからっ…先輩に心配かけた上に、怪我のこと内緒にしようとして『用事ができたから先に帰る』なんて
ウソのメール送っちゃったりして…ほんとごめんなさいっ!」
「え、そうなの?」
思わぬ返事に香穂子は身体を起こし、ぽかんとした顔で和樹を見た。
「見て…ないんですか…? …メール」
「うん。あ、おれの携帯、壊れちゃったんだ、昼休みに」
「あー、それで電話が通じなかったんだ…」
見つめ合ったまま、しばしの沈黙。
しばらくして、ふたり同時にぷっと吹き出した。
「なんかおれたち、ものすごいすれ違いしてたんだね。ここまですごいと見事だよね」
「ほんとに。でも、もうこんなの二度とゴメンですけどね」
目の端にうっすら涙を浮かべつつ、腹を抱えて笑い合った。
やっと笑いが収まると、再び香穂子は和樹の前に立った。胸元で握り締められた絆創膏入りの紙袋がくしゃくしゃになっている。
「先輩」
「うん?」
「───あたしの『大切な気持ち』は、先輩だけのもの、ですから」
俯きがちに小さな声でそう言うと、香穂子は真っ赤に染まった顔を隠すようにくるりと後を向いた。
「香穂ちゃん………」
「─── そ、そうだっ!」
片手を高く上げ、香穂子が照れ隠しに声を張り上げる。
「明日の放課後、携帯ショップ行きましょっ! 電話もメールもできないと困っちゃいま──」
香穂子の振り向きざまの提案は「んぶっ」という妙な声と共にそこで遮られた。
振り向いた視線のすぐ前には和樹の胸があり、香穂子が気づいた時にはしっかりと抱きしめられていたのだ。
驚いて、反射的にもがいたが、香穂子はすぐに身をゆだねた。
和樹のぬくもりも、自分を抱きしめる腕の力強さも、顔面を胸に押し付けられた息苦しさすらも、なんだか心地よかった。
【プチあとがき】
今回ちょっと短いです。すんません。
とりあえず、すれ違い篇終了です。よかったよかった。
次のお話から新展開です。お楽しみに〜。
【2005/06/25 up】