■Stormy Days【06】
教室に駆け込んできた香穂子が弁当入りのトートバッグを机の上に無造作に放り出し、カバンの中から携帯を探り出した。
和樹とお揃いで色違いの折りたたみ携帯をパカンと開く。
「やーん、やっぱりメール来てるっ。うわ、2通だ」
『香穂ちゃんごめん! 昼休み、先生に呼ばれてるんだ。先にご飯食べてて。教室から出ちゃダメだよ! 用事済んだらすぐ行くから待ってて!』
『香穂ちゃん、今どこ?』
彼らしい文面を読んで、香穂子は思わず微笑んだ。
「よかった、先輩、怒ってない…… って安心してる場合じゃないってば! うわ、どうしよう。今なら電話しても大丈夫だよね、昼休みだもん」
携帯のメモリーを呼び出して、通話ボタンを押す。聞こえてくるのは『電源オフ』を告げるアナウンスの声。
「えーっ、もしかして電池切れとか?」
以前にも和樹が充電し忘れて、通話できなかったということがあった。まさか和樹の携帯が壊れてしまっているなどとは、
香穂子には想像もできないことだった。
そうだ、と近くの席で弁当箱を広げているクラスメイトに駆け寄ると尋ねてみた。
「ね、和樹先輩来なかった?」
「ううん、今日は来てないよ」
「そう、ありがと…。あ、職員室! まだいるかも!」
携帯を握り締め、香穂子はきょとんとしている友人の目を気にすることなく教室を飛び出した。
「失礼しま〜す……」
職員室の扉をそろそろと開け、首だけ突っ込んで中を窺う。
和樹にトランペットを教えている教師の顔は知っている。その教師は自分の席でお茶をすすりながら、隣の同僚教師と談笑していた。
「うわ、話終わっちゃってる?」
失礼しました〜、と呟きながら首を引っ込め扉を閉める。
「どうしよう…… あ、教室に戻ってきたか、先輩のクラスの人に聞きに行こう! ── ぅきゃっ!」
自分のひらめきに酔ったのか、ただただ慌てていただけなのか、香穂子は走り出した途端、足をもつれさせて廊下に派手にスライディングする。
「い… ったーい…」
身体を起こし、めくれ上がったスカートに気がついて慌てて直し、辺りをキョロキョロ見回す。幸い廊下に人影はなく、ほっと胸を撫で下ろした。
右の手のひらにズンとした痛みを感じて見てみると、手のひらのふっくらした部分全体に赤く血が滲んでいた。
よく見れば左の膝からも血が流れている。左手に持った携帯は、廊下の床にでもぶつけたのか、小さな擦り傷がついていた。
「うぅ、痛いよぉ……」
香穂子は痛む右手を携帯を持った左手で支え、左足を引きずりながら、職員室と同じ並びにある保健室へ入っていった。
* * * * *
ガラガラッと大きな音を立てて、2年2組の扉が開く。
和樹は戸口まで入ると、教室内を見回した。
ひとつの机の上に、見慣れたトートバッグが置かれていた。
すぐそばに見知った香穂子のクラスメイトを見つけて駆け寄り、駆け寄られたクラスメイトは何ごとかと身体を仰け反らせる。
「ね、香穂ちゃん知らない!?」
「香穂ならちょっと前に戻ってきて、またすぐに飛び出して行っちゃいましたけど…」
「どっち行ったかわかる?」
「職員室がどうとか、ぶつぶつ言ってましたけど…」
「ありがと!」
和樹は踵を返して教室を出て行った。
きょとんとした顔で和樹を見送ったクラスメイトたちは同時に、ぷっ、と吹き出した。
「ほんと、あのふたりって似た者同士だよね」
「うん、笑っちゃうくらい似てるよね」
職員室の扉を勢いよく引き開け、和樹は肩で息をしながら室内を見回した。
扉が開く音に気づいた教師の視線が集まる。
ひとりの教師が、おう火原どうした、と声をかけたが、和樹は室内に香穂子の姿がないとわかるや、無言で職員室を出てぴしゃりと扉を閉めた。
「ここにもいない… あとは…… おれの教室っ!」
和樹は廊下を駆け出した。途中保健室の前を通り過ぎる。中で香穂子が手当てを受けていることも知らず、
和樹は音楽科棟の自分の教室を目指して全力疾走した。
教室にいたクラスメイトたちに確認すると、香穂子は当然ここには来ていなかった。
もう一度香穂子の教室へ行ってみようと教室を出ようとした時、予鈴がなった。教室内のクラスメイトたちがわらわらと次の授業の準備を始め、和樹も仕方なく席についた。
【プチあとがき】
香穂子の足跡をちゃんと辿っている火原っち。
思考が似ているんでしょう、きっと。
ほんとに似た者同士です。空回りしてるところまで(笑)
【2005/04/20 up】