■Stormy Days【05】
和樹は焦っていた。
4時間目の前に香穂子に送ったメールの返事が届かなかった。
勉強なんて手につかず、教鞭を取る教師の声も耳に入らない。
授業中にこっそり見た生徒手帳── 自分のクラスの時間割の横に、2年2組、香穂子のクラスの時間割を書き加えてある──
で、ほんの少しだけ安心する。
香穂子のクラスの4時間目は体育。着替えのために教室を離れ、メールを見ていないのかもしれない。
しかし、昼休みに入ってもメールは届かない。
もう一度、短い文面のメールを送ってみる。
和樹の手の中の携帯は、着信を告げることはなかった。
エントランスのいつもの待ち合わせ場所へ行くために、もう教室を出てしまったのかもしれない。携帯を教室に置きっぱなしのままで。
もしかすると、もうあいつに捕まっていて、返事ができないとか? いや、そんなことはない、考えたくもない。
柚木の伝言では、教師は昼食後に職員室へ来るように、とのことだった。
よし、先に職員室へ行って、10分、いや5分で用事を済ませてもらおう。それならちょっとの遅刻でエントランスに行ける。
しかしその遅刻した時間の間に香穂子と祥太が出会ったりしたら……。
とにかく、香穂子に会わなければ。
和樹は携帯を握り締め、息せき切ってエントランスに駆け込んだ。
教師の用事を10分で切り上げた。付属大学の推薦入試の実技試験で演奏する曲のことだった。考えとくから今日は勘弁して、
と職員室を飛び出す和樹に、一生を左右する大事なことだぞ、という教師の怒声は今はもうどうでもよかった。
特別教室棟の2階にある職員室から普通科棟の2階を突っ切り、エントランスのピロティまでノンストップ。
途中、行き交う生徒たちにぶつかって、ごめんねっ、と謝りながら。手摺りに激突するようにして乗り出すと、階下にいるはずの香穂子を探した。
いつもならどんなに生徒がいても香穂子の姿はすぐに見分けられる。しかし焦りまくった今の和樹の目は、すぐには香穂子の姿を探し出せなかった。
不意に今朝の香穂子の顔が思い浮かぶ。祥太の後ろ姿を見つめる目。視線を逸らして呟いた『ごめんなさい』。
ギュッと目を瞑り、浮かんだ映像を振り払うように頭をブンブンと振ると、再びホールへ視線を戻した。
「いた!」
香穂子がいた。柱にもたれて、いつも弁当を入れているバッグを必死に抱きしめている香穂子と、その前に立っている祥太が。
香穂子の表情からして、どう見ても『和やかに談笑中』には見えない。おまけに周囲にぐるりと見物の生徒たちの環ができていた。
「あいつっ! 香穂ちゃんに──」
「よっ、色男っ!」
階下へ続く階段を駆け下りようとした時、軽い声と共にいきなり後から羽交い絞められ、和樹は思わず手にした携帯を取り落とした。
和樹の手を離れた携帯は、香穂子からもらったファータのストラップの尾を引きながら弧を描いて手摺りを越え、
ガチャンと派手な音を立てて1階に着地した。
「あ、青山っ!? 放せよ、放せってばっ!」
「おらおら、この色ボケ野郎がっ! な〜にが『おれは香穂ちゃんの恋人だ』だよ。朝っぱらから見せ付けちゃってよ〜」
普通科3年の青山人志が和樹の頭を抱え込み、ヘッドロックをかけながらグリグリと拳をねじ込んでいる。
彼は和樹が携帯を落としたことに気づいていないし、階下で香穂子に起こっている出来事も知らない。
階下から吹き鳴らす口笛と、きゃーっという女子生徒の黄色い声が上がる。
「やめろって! 放せよっ! 香穂ちゃんがっ!」
「あーあーあー、お前の頭にゃ『香穂ちゃん』しかないのかぁ?」
暴れる和樹の頭をしっかりと締め付け、イヒヒと笑いながらの青山の攻撃は続く。
「違うよっ! 香穂ちゃんがあいつにからまれてんだよっ!」
「あいつって……朝のあいつ、か?」
青山の動きがぴたりと止まる。
「そうだよっ!」
「わっ、ワリぃ火原、ほんとすまんっ」
青山の腕を抜けると、和樹は一目散に階下へ降りた。さっきまで香穂子がいた場所に彼女の姿はなかった。
周りを見回すと、ポケットに手を突っ込んだ祥太がぷらぷらとエントランスを出て行く後ろ姿が見えた。
慌てて追いかけると、祥太はひとり正門前を横切っていく。辺りを見回しても香穂子はいない。
「あっ、やばっ、携帯っ!」
香穂子がすでに祥太と一緒ではない、ということに安心したのか、和樹はさっき落とした携帯のことを思い出した。
落ちたであろう辺りに行ってみると、そこには和樹の折りたたみ式の携帯が小さな破片と共に転がっていた。
手にとって開いてみると、思ったとおり液晶の画面は真っ黒なまま。
「う… わ…」
消えたままの液晶画面を見ていると、和樹の心まで真っ暗になっていくようだった。
「そうだ、香穂ちゃん、教室戻ったのかもっ! 携帯壊れたこと伝えとかなきゃっ」
和樹は2年2組の教室を目指して、エントランスを飛び出した。
【プチあとがき】
前ページの同じ時間の火原っちVer.です。
蛇足ですが、『ガチャン』と『キャー』は連動してます。同じものです。
罪作り男・青山くん(笑)登場です。
このすれ違いはいつまで続く!?
【2005/04/11 up】