■Stormy Days【03】 火原

「『嵐の留学生! ヴァイオリン・ロマンス消滅か!? 果たしてプリンセス香穂子は一体どちらの手に!?』、どうよ、この見出し!」
「もうっ! からかわないでよ、それでなくても恥ずかしいんだから」
 4時間目の体育の授業を前に、更衣室で着替えていた香穂子の元に、すでに着替え終えた天羽菜美が軽く握った拳をマイク代わりに突きつけてきた。
 報道部所属の天羽は2年1組であるが、体育の授業は2クラス合同の為、更衣室から一緒になるのである。
「ねぇねぇ、あの留学生とはどういう関係なの? 結構イイオトコじゃん。ヴァイオリン専攻だって? どう、突然抱きしめられた感想は?  火原さんとはやっぱり抱かれ心地違う? あの頬への熱い口づけの意味は!? ね、もったいぶらないで教えてよ〜。 もちろんオフレコってことにしとくからさ」
 好奇心に目を輝かせる天羽は、根っからのジャーナリスト根性の持ち主だった。
「だっ、抱かれ心地って!? … 祥太は小学生の頃、近所に住んでた子だよ。関係もなにも、今朝まですっかり忘れてたくらいなんだから」
「なーんだ、そうなの?」
 拍子抜けしたように、天羽が透明マイクを持つ手を下ろし、残念そうに腰に手を当てる。
「…あの言葉でやっと思い出したくらいだもん」
「『あの言葉』って、お嫁さんがどうの、ってやつ!?」
 シャツに袖を通しながらの香穂子の呟きに天羽が飛びつく。しまった、と思ったが、すでに後の祭りだった。
「それってもしかして、将来を誓い合った仲、とか!?」
「そんなんじゃないってば! 小学生の頃の話だよ? いくらなんでも──」
「でも向こうはその気なんじゃないの? それってある意味『純愛』よね。ロマンティスト火原にも負けてないわ、こりゃ。 よーし、今日の午後から取材取材っと♥」
 ブルーのゴムで髪の毛をふたつに分けて束ねようとしている香穂子に、天羽はイシシっと笑いながらカメラを向けるしぐさをした。

「でも……昔とイメージ違うのよね」
 次の授業の準備を促す予鈴が響く中、天羽と並んでグラウンドに向かって歩く香穂子が首を傾げる。
「違うって?」
「すっごい物静かな子でさ、外で遊ぶより室内で遊ぶほうが多かったんだ、おままごととか読書とか。あ、月森くんみたいな感じ」
 例えに出されたヴァイオリニストを思い浮かべ、天羽が苦笑する。
 音楽一家に生まれ、ヴァイオリン一筋に過ごし、氷のように研ぎ澄まされた完璧な演奏をする月森蓮。 音楽については、祥太の演奏を聴いたことがないためわからないが、その雰囲気は確かに祥太とはまったく正反対に思われた。
「へー、そりゃ全然イメージ違うわね。フランスで暮らしてるから、そのせいとか?」
「それ! そうよ、あれはフランス式の挨拶なんだよ! だから深い意味はない、うん」
 香穂子がひとり納得するうちに授業が始まり、準備運動をしながらもふたりの会話は続く。
「んなことないっしょ」
「そうだよ絶対! ── それより、和樹先輩に謝らなきゃ」
 しかめ面で首を回しながら香穂子が呟く。
「なんで? 別に香穂が悪いことしたわけじゃないじゃん?」
「そうじゃなくて。今朝、和樹先輩があんまり大きい声で言うから……」
「ああ、『おれの香穂ちゃん』と『おれは香穂ちゃんの恋人』発言?」
「うん……、嬉しいやら恥ずかしいやらで、先輩のこと、まともに見れなかったんだ。目、逸らしちゃった」
 惰性で屈伸運動をする香穂子の動きが一瞬止まる。
「あーはいはい、わかったからいつまでもラブラブオーラ出してなさい」
「うぅ、菜美のいじわるぅ」
「でも留学生って言うからさ、金髪に青い目のフランス美少年が来ると思ってたのに、ざんね〜ん」
「へぇ、菜美ってそういう趣味だったんだ〜」
「そうじゃないけどさ…… 取材対象としては、闘志が湧くじゃない?」
 体育教師の吹くホイッスルがグラウンドに響き渡り、走り出すと共に会話は終了した。

 その頃、2年2組の教室。
 マナーモードに設定してある香穂子の携帯が、メールの受信を知らせるべく振動した。しかし、そのことに香穂子が気づく由もなかった。

*  *  *  *  *

 香穂子は昼休みにはいつもエントランスで和樹と待ち合わせていた。香穂子は購買で飲み物を買い、和樹は購買で人気の惣菜パン、 主にカツサンドとジュースを買い、その日の気分で屋上や森の広場へ行く。雨の日はそのままエントランスのベンチで昼食を摂る。 晴れた日でもエントランスでさっさと昼食を済ませ、体育館での昼バスになだれ込むこともある。もちろん香穂子は観戦だったが。
「先輩、遅いなぁ。やっぱり朝のこと、怒ってるのかな。あーん、『ごめんなさいメール』入れとけばよかった〜。 あ、もしかして『遅れますメール』入ってたのかな? あーもう、携帯、見ないまま教室に置いてきちゃったよ、どうしよう」
 香穂子はエントランスをぐるりと囲むピロティを支える太い柱にもたれかかり、 弁当と財布の入った小振りの赤いトートバッグをぶらぶらさせながら呟いていた。
「よぉ、香穂子。なーにひとりでブツブツしゃべってんだ?」
 急に背後から声をかけられて、驚きのあまり手に持つバッグを放り投げそうになった。
 声のした方を見やると、揃えたピースサインを眉に添え、よっ、と昔のトレンディードラマでよく見るような挨拶を送る祥太が、 香穂子を見下ろすように同じ柱に肘をついて寄りかかっていた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 テーマは「すれ違い」。
 これからもしばらくすれ違っていただきます。

【2005/03/21 up】