■Stormy Days【01】
星奏学院高等学校。
数年に一度、不定期に行なわれる学内音楽コンクールも2週間前に終了し、日々の平穏が訪れていた。
そんな中、いまだ覚めぬ熱気に包まれたふたりが、朝っぱらから手をつないで登校してくる。
伝説の【ヴァイオリン・ロマンス】の再来と言われ、周囲にピンクのしあわせ光線を撒き散らしているふたりが。
ひとりは日野香穂子。まったくの初心者でありながら、魔法のヴァイオリンの力を借りてヴァイオリニストとしての実力を着々と磨き、
最終的には総合優勝を果たしていた。
もうひとりは火原和樹。音楽科3年のトランペッターで、総合2位入賞でコンクールを終えた。
コンクールをきっかけに付き合い始めたふたりが学内の名物カップルになるまでに、そう時間はかからなかった。
正門前にある妖精像前まで来ると、和樹はカバンとトランペットケースを地面に置き、名残惜しそうに繋いだ手をほどく。
指先が離れるか離れないかの時には、香穂子はすっぽりと和樹の腕の中に包まれていた。
「香穂ちゃん、勉強頑張ってね」
「はいはい、先輩も、ね」
香穂子は自分を抱きしめる和樹の背中を、恥ずかしさに顔を赤らめつつも、さっきまでつながれていたが今は空いている手でポンポンと優しく叩く。
母親が子供をあやすように。
最初の頃は周囲で囃し立てたり、ひやかしたりする声が聞こえてきたが、最近では見慣れた『いつもの光景』と化していて、
ちらりと視線を送る者はいても、立ち止まって見物する者はほとんどいなくなっていた。 かえって微笑ましいとさえ見られている。
ずっとこうしていたい、と思いながらもこのままでは授業に遅れてしまう。 和樹は仕方なしに腕を緩めると、香穂子がするりと抜け出した。
じゃお昼休みに、と香穂子が普通科棟のエントランスに向かう後ろ姿を見送ると、和樹は渋々と音楽科棟へと向かう。
途中、遠巻きに生温かく『いつもの光景』を見守っていたクラスメイトたちと合流し、頭や背中をグリグリされながら歩くのもいつものこと。
そんな時、いつもの一日を打ち壊すように、和樹の背後からどよめきが湧き起こった。
「お、おい火原、あれっ」
隣を歩く友人に腕をつつかれて、なんだよ、と何気なく振り返った和樹の視線の先には───
音楽科の制服を纏った見知らぬ男子生徒に抱きしめられ、頬に口付けを受けている香穂子の姿があった。
「な… っ!?」
和樹はカバンと相棒であるトランペットの入ったハードケースをクラスメイトの胸に強引に押し付けると、香穂子に向かってダッシュした。
「ちょ、ちょっと…っ!?」
「香穂子……… 逢いたかった」
ふたりのそばまでたどり着いた時、どうにかして逃れようとする香穂子をきつく抱きしめながら、
陶酔しきった顔でその男子生徒が呟くのが和樹にも聞こえた。
香穂子よりも頭ひとつ高い、すらっとした長身。和樹よりもほんの少し高い。
端正な顔立ちに今時珍しい真っ黒な、それでいて柔らかそうな髪をワイルドに少し長めにカットし、その間から僅かに見える耳にはシルバーのピアス。
音楽科の制服は規定通りにきちんと着ているが、どう見てもその雰囲気は『クラシック』というより『ロック』である。
そういえば、人気のロックバンドによく似た風貌のヴォーカルだかギターだかがいたような気がする。
「お、お前っ! おれの香穂ちゃんにいきなり何すんだよっ!」
和樹は抱き合ったふたりを引き剥がし、香穂子を背中に隠す。 香穂子は怯えた表情で和樹の袖をギュッと掴んで、ほんの少し顔を出した。
そうしている間にもギャラリーはどんどん増えていく。
「俺は香穂子と話してるんだぜ? お前こそ何なんだよ」
「おれは香穂ちゃんの、こっ、恋人だよっ!」
和樹の宣言に、遠巻きにして成り行きを眺めていた生徒たちからクスクス笑いや冷やかしが起こる。 香穂子は顔から火を吹く思いで
身体を縮め、和樹の背中に身を隠した。
ロック男はフッと鼻で笑うと、両手をズボンのポケットに突っ込んだ。
「俺が引っ越す時、『お嫁さんになってあげるから絶対迎えに来て』ってビービー泣いたのは一体誰だっけ?」
「お、お嫁さんっ!?」
「え…っ!?」
和樹の袖を掴む香穂子の手が少し緩み、隠れていた背中からひょこりと顔を出した。
「もしかして…… 祥太? 2軒隣に住んでた、菊地祥太ぁ!?」
「やっと思い出したか」
指差して叫ぶ香穂子に、ロック男── 菊地祥太が口の端を少し上げて笑った。
「香穂ちゃん、こいつのこと知ってんの!?」
「え、あ、ま、まあ……」
なんとなく煮え切らない香穂子の返事に、和樹の胸に一抹の不安がよぎる。
「知ってるも何も、俺たちは───」
「はい、そこまでー」
ニヤリと笑いながらの祥太の言葉を遮るように、やる気なさげな声が降ってきた。
「か、金やん…」
「もう予鈴鳴っちまうぞ。ほれ、散った散った」
いつからいたのか、背後に音楽教師の金澤紘人がだるそうに首筋をポリポリ掻きながら立っていた。
生徒の出入りのない時間帯には門は閉められる。 おそらく金澤はその当番だったのだろう。
サンダルをパタパタ言わせながら和樹の隣に立つと、低めのトーンで呟く。
「お前さんたち、相当な見世物になってるぞ。お前さんはいいかもしれんが、日野が可哀想だろ。 今は引いとけ」
「でも金やん…っ」
金澤は和樹の肩をポンと叩くと、祥太に視線を移す。
「お前さんは── あぁ、交換留学生の……」
「はい、菊地祥太です」
金澤は無精ひげの生えた顎をひと撫でして、
「んじゃ、お前さんは俺と一緒に職員室。 他のやつらは急いで教室行けよ、遅刻になっちまうぞー」
ちょうどその時、予鈴が辺りに鳴り響き、ギャラリーの生徒たちがワラワラと散っていった。
ポツンと取り残された和樹は、斜め後に同じくポツンと立っている香穂子を振り返った。
香穂子の目は、金澤に先導されていく祥太の後ろ姿を追っていた。
「香穂ちゃん?」
名前を呼ばれて驚いたのか、ハッと和樹を見上げた香穂子の顔がみるみる赤くなり、和樹の目を避けるように視線を逸らした。
「香穂… ちゃん…?」
「── ごめんなさい…っ」
搾り出すように呟くと、香穂子はそれ以降視線を合わせることなく普通科のエントランスへ走っていった。
次第に小さくなる香穂子の後ろ姿を見送りながら、和樹の胸はざわつき、鼻の奥がツンとするのを感じていた。
【プチあとがき】
よくある展開のよくある留学生ネタです。転校生でもよかったんだけど。
捏造キャラ・菊地祥太登場です。
名前の由来は、『地』のつく名字にしたかったこと、名前は神崎お気に入りの斉藤祥太くんからいただきました。
彼のイメージは『GLAYのTAKUROを美少年にした感じ』だと思ってくださいまし。
さて、降って湧いた三角関係の行方は!?
【2005/03/06 up】