■花【後編】
先輩の笑顔はやっぱり素敵で──
「ね、よかったら1曲合わせない? あ、忙しかったら、またにするけど」
「え、あ、その、私……っ」
ドキドキが最高潮に達して、頭がぱぁっと真っ白になる。
あぁ、もう、自分でも何を言っていいのか、訳わかんなくて。
「あの〜、私もいるんですけどね、火原さん」
「あ、うん、天羽ちゃんもこんにちは!」
私の隣に進み出た菜美が、額に手を当ててふるふると頭を振っている。
「まったくこの人は天然なんだか何なんだか──」
「え、天羽ちゃん、何か言った?」
「いえいえ、なんでも。 とにかく、この子、今落ち込んでるみたいなんで、あとはよろしくっ!」
「な、菜美…っ!?」
「へぇ、そうなんだ〜。 香穂子ちゃん、おれでよかったら、話聞くよ?」
満面の笑みで私にそう言う先輩に、あんたのせいだよ、と菜美が小声で呟く。
はぁ〜、と大きな溜息を吐くと、菜美は私の腕をぐいと引っ張った。
「チャンス到来っ! 頑張んなよ!」
私の耳元でそう囁き、ポンと肩を叩くとウインクひとつ。 菜美はひらひらと手を振りながら去って行った。
うわぁ菜美ってば余計なことを……っ。
パニックに陥ったまま立ち尽くす私の腕がぐいっと引っ張られた。
「どうしたの? 悩みごと? 解決できるかわかんないけど、おれに話してみてよ」
勢いよくベンチに座らされ、先輩が隣に腰掛ける。
そんなこと言われても、当の本人に話せるわけないじゃないっ!
「あの、えと、その──、先輩、どうしてここへ? こんな寒いのに」
「はははっ、それは香穂子ちゃんもでしょ。 こんな寒い場所で練習なんてさ」
くしゃりと笑う先輩の笑顔に、私の鼓動はどんどん速くなる。
「あ、えと、今日── そう、今日はヴァレンタインデーですよね。先輩、たくさんチョコもらってて── さすが人気者ですよねっ」
え、私、何を言ってるのっ!? いきなり核心に触れまくってどうすんの!?
「あ… 朝とか、見ちゃったよね…」
先輩は頭の後ろで手を組んで、澄み切った冬空を見上げる。
「でもさ、本当にもらいたい子からもらえなくてさ── あ、物が欲しいっていうんじゃないんだよ。
そうじゃなくて、うーん、なんていうのかな。 気持ち? あ、けどそれって男として卑怯だよね。
女の子からの気持ちを待つんじゃなくて、おれのほうからちゃんと気持ちを伝えなきゃいけないよね」
… やっぱり、好きな子、いるんだ……。 やっぱり…。
だんだん視界が暗くなってきた。 先輩の声もだんだん小さく遠くなってくる。
先輩は組んだ手を下ろし、膝の間に垂らして背を丸めていた。
「でも、まだその自信がなくて── 大変な思いをしてるその子の邪魔になるんじゃないか、とか、
がんばり屋のその子につりあう男になれてるのかどうかって」
どうしてそんなことを私に打ち明けるの?
もういい。 当たって── 砕け散ろう。
溢れそうになる涙を必死にこらえて、私は笑顔を作った。
私は、今思い出したかのように、ぱんっ、とひとつ手を叩き、
「そうだっ! 私も先輩にチョコ持ってきたんです! 私からじゃ嬉しくないかもしれないけど── 受け取ってもらえませんか?」
── 勢いに任せてまくしたてた。
慌てて鞄から取り出したチョコの包みを差し出す手が震えるけど、止められない。
先輩の目が驚いたかのように大きく見開かれたと思うと、優しい微笑みになり、そして辛そうな表情に変わった。
「おれね、さっきここに来たのは、香穂子ちゃんの『音』が聞こえたからなんだ。 いつも弾いてるような音色じゃなくて、
『苦しい』って訴えてるみたいだった。 それでいて、燃え上がるような情感があるっていうか…。
それって──、おれがそうさせてたって思って、いいかな」
え……。
「おれもね、みんなに音が変わったって言われたんだ。 聴いてると切ない気持ちになるって。
そんな時はいつも、きみのこと考えながら吹いてる時だったんだ。 ── だから、きみも、おれのこと……?」
それって……。
微かに頷くと、頬に冷たい感触が伝い落ち、私の身体はふんわりと温かさに包まれた。
気が付くと、私は先輩に抱きすくめられていた。
「── ごめんね、香穂子ちゃん。 おれ、きみのこと好きだから── 大好きだから── もうきみにあんな辛そうな音を奏でさせないから──」
出てくるのは涙ばかりで。
── 私も、先輩が、大好き。
小さく呟き、先輩のジャケットの胸元をギュッと掴むと、私を包む腕の力が強くなった。
真冬の風の中で、遅咲きのロマンスの花が、開き始めた──。
【プチあとがき】
ぐはぁっ。
何も申しませんっ! ニセモノです、えぇ、ニセモノですよ、この火原はっ!
ちょっと大人びてますね。
インデックスにも書いたように、愁情系逆ポイント香穂子です。
なんかちょっと冬海ちゃんっぽい感じになってしまいましたが。
恋をすると臆病になるのさっ!
こんなヴァレンタイン・ストーリー、いかがでしょうか?
【2005/02/08 up】