■花【1ヶ月後】
「あーもう、ホワイトデーって何をあげればいいんだよぉ」
駅前通りに立ち並ぶ店をガラス越しに覗き込み、贈り物候補を物色していく。
平日の昼下がり、爬虫類のようにショーウィンドウに張り付く火原和樹の姿は異様なものだった。
すでに3月も数日が過ぎている。
和樹は、星奏学院を卒業したのだ。
とはいえ今でも毎日、午後は母校のオーケストラ部へ顔を出す。
── というのは口実で。
香穂子に会うのが一番の目的。
コンクールが終わってからも、趣味程度で、とヴァイオリンを弾いている香穂子。
校内を廻れば、香穂子の音に逢える。
しばらく他愛ない話をした後で、また他愛ない話をしながら彼女を家まで送っていく── 2月半ばのあの日から始まった『日常』。
会うほどに、話すほどに、膨らんでいく気持ち。
その気持ちを形に現したい。
和樹は必死で考えていた。
そして、あるショップを覗いた時、不意にひらめいた。
「すいません、ちょっとお願いがあるんですけど──」
和樹はショップに飛び込み店員を捕まえると、必死になって身振り手振りでの説明を始めた。
「ね、香穂子ちゃん、ちょっと回り道して帰らない?」
「はい、いいですよ」
和樹は、はい、と手を差し出し、香穂子は顔を赤く染めながらその手に掴まる。
向かったのは駅前通り。
空いていたベンチに香穂子を座らせると、ちょっと待ってて、と和樹は姿を消した。
数分後。
「お待たせ、香穂子ちゃん」
ボーっと足元を見つめていた香穂子が顔を上がると、後ろ手に何かを持っている和樹がニコニコして立っていた。
よいしょ、と背中から出して香穂子に差し出す。
「はいこれ、バレンタインのお返し」
「え、う… わぁ…… 綺麗……!」
和樹が差し出したのは、真っ白なヴァイオリン。
香穂子が出した手に、そっと乗せる。
ネックはほんの少し黄色がかったバラ、ボディは真っ白なカスミソウ。
ボディに1ヶ所、赤いバラがハートの形を彩っている。
子供用のヴァイオリンよりひと回り小さいフラワーアレンジメントのヴァイオリンが、グリーンのセロファンにすっぽりと包まれていた。
「先輩…、これ…」
「えへへ、花屋のお姉さんに無理言って作ってもらっちゃった。ほら、女の子ってお花好きでしょ? だからお花にしてみたんだ。
ホワイトデーっていうからもちろん白い花で。── 『特別な女の子』にあげるものだから、普通のものは嫌だし。
おれ、香穂子ちゃんのヴァイオリン、大好きだから── あっ、もちろん香穂子ちゃんのことも大好きだよっ!」
大きな声でまくしたてる和樹に、後を歩く人々がクスクスと笑いながら通り過ぎていく。
香穂子も顔を真っ赤にして、だんだんと俯く頭が胸につくほどに下がっていった。
「あ、あれ? もしかして、こういうのダメ… だったり?」
俯いたまま、香穂子はブンブンと首を振る。
「こんな素敵なプレゼント、初めてです…… ありがとうございます!」
顔を上げた香穂子は、花が咲いたような笑顔で。
和樹はしばしその笑顔に見とれていた。
「あっ、私、チョコしかあげてないのに── 何かお返ししなくちゃっ」
「はははっ、お返しのお返し? それってヘンだよ」
「でも……」
「おれはさ、香穂子ちゃんの笑顔が見られたからそれで十分だよ」
「でも…っ」
「んー、じゃあさ、ヴァイオリン聞かせてよ」
「── はい!」
数日後。
香穂子が弾くヴァイオリンの音色に耳を傾ける和樹の姿があった。
奏でる曲はもちろん── 『愛のあいさつ』。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
ヴァレンタインSSの続編ホワイトデーSSです。
タイトルが『花』なんで、お花を贈ってみたんですけど。
ロマンティスト火原だから、それもありかな、と。
香穂子さん、そのお花どうするんでしょうねぇ。
あー、なんとかフラワーって、シリカゲルに埋めて乾燥させるヤツ。
あれを作っていただきましょうかね(笑)
【2005/03/03 up】