■Romance Quest【04】 火原

「おれはカーシュクル=ヒハーラッセル。あ、名前はもう知ってるよね。見ての通り、旅の剣士。今の得物はロングソードだけど、 スピードで相手の懐に入り込む戦法が得意だからダガーの方が扱いやすいかな。こう見えてもおれ、脚には自信があるんだ。 故郷(くに)は北のフォレストスクウェア。んー、ここからだと北西かな。一応、剣の修行の旅ってことで故郷を出たんだけど、 あんまり修行はやってないな。今はね、楽しいこと探し! ほとんど各地の名産品の食べ歩き、ってカンジになっちゃってるけどね。 あ、そうそう、さっきおれが食べた料理もね、《レインシューウィッツ赤毛豚》っていう、この村の名産なんだよ。 あとは──、さっきリリちゃんに、きみがひとり旅で困ってるって聞いたから、一緒に旅しようって決意した、以上!」
 カーシュは表情豊かに、身振り手振りを交えて楽しそうに話す。
 出会った時から思ってはいたが、どうやら彼は、人の反応お構いナシに、思ったことを一気に喋ってしまうのがクセらしい。
 よく見れば、髪の色に合わせたような明るいグリーンのアンダーウェアの上に、なめし皮の上に金属を打ちつけた軽鎧(ライトアーマー)をつけた姿は、 カホーナより頭ひとつ高い長身の彼によく似合っていた。あちこちに小さな傷が見えるが、よく手入れされているのか、 金属の橙色の表面は鈍い艶を放っている。
 腰の得物の銘までは判らないが、凝った細工が施されているところを見ると上等のものなのだろう。
 食べ歩きが趣味らしいが、その身体はすんなりとして、男性としては華奢なように見える。

「……あたしが? ……困ってるって? ……リリが…?」
 マシンガントークな自己紹介に気圧されながらも、カホーナが頭に浮かんだ疑問を口にする。
「うん。『困ってる人と女の子は助けてあげなくちゃいけない』って、うちのじーちゃんの遺言なんだ。 女の子が困ってたら、もう助けてあげちゃうしかないでしょ?」
 疑問形ではあるが、自信たっぷりにカーシュは言う。
「あ…。じゃあ、おじいさまは、もう……?」
「ううん、故郷で羊の世話やってるよ」
「へっ?」
 しんみりとした空気を台無しにしたカーシュの意外な返答に、カホーナは唖然とする。
 しばしの沈黙の後、カホーナはプッと吹き出し、
「それって《遺言》とは言いませんっ」と苦笑する。
「えっ、そうなの?」
「はい」
 カーシュの素っ頓狂な答えに、カホーナの苦笑は本当の笑いに変わる。
 ちぇっ、と面白くなさそうにカーシュは後頭をがしがしと掻きむしる。

「ま、いいや。明日のことは明日考えようよ。今日はゆっくり休んで」
 部屋に戻って休むというカーシュを戸口で送り出すカホーナに、カーシュはにっこりと笑いかける。
 カーシュはカホーナの部屋からふたつ隣の部屋へ入っていく。
 と、背中から上半身を反らせるようにひょこっと覗かせ、
「あ、名前と口調のことよろしく! それから、きみ、笑ってるほうが可愛いよ!」
 笑顔でそう言うと、姿を現した時と同じようにひょこっと部屋に引っ込み、扉が閉じられた。
「!?」
 真っ赤な顔のカホーナは扉を抱くようにして硬直し、カーシュの入っていった部屋の扉を見つめたまましばらく動くことができなかった。

*  *  *  *  *

 翌朝。
 醒めきらない頭を振りながら身支度を整えると、カホーナは外に出ようと部屋の扉に手を伸ばした。
 その瞬間、扉がノックされ、驚いたカホーナはズザッと音を立てて後ずさる。
「おっはよ、カホちゃん。昨日はよく休めた?」
 開けられた扉から、カーシュがひょこっと顔を覗かせる。
「かかか勝手に開けないでくださいっ! きっ、着替え中だったら、どうするんですかっ!」
「え、でももう支度できてるし」
「そ、そうですけどっ」
「朝ごはん行こ? あれ、目が赤いけど、眠れなかった?」
 カーシュの指摘に、カホーナは顔を赤く染め、唇を噛んで俯く。

 昨日の夜。
 カーシュと別れた後、お風呂に入って疲れた身体をほぐすと、心も身体もサッパリした気分でベッドに潜り込んだ。
 慌しい一日がやっと終わり、身体は疲れ果てているはずなのに、カホーナはなかなか寝付けなかった。 ベッドが堅いのと、枕が変わったのもその原因のひとつだろう。
 古い宿はピシッパシッと木を軋ませ、その度にカホーナは身体を堅くする。何かがそこここに潜んでいるような気すらする。 いつもなら城内を巡回する近衛兵の存在に安心して眠りについていたカホーナだが、今ここに自分を護ってくれる人はいない。
 護ってくれる人──ここまで考えた時に、ついさっき出会った長身の青年の姿が脳裏に浮かぶ。
 端正な顔立ちと、均整の取れた身体つき、天然なんだか作為的なんだかわからない人懐こくあっけらかんとした態度、 くるくると動く瞳と無邪気な笑顔──
「な……っ!」
 何を考えてるんだ、あたしは───っ!
 火を噴きそうなほど真っ赤になった顔を隠すように、上掛けを引っ張り上げて頭からかぶる。
 普段、一国の姫であるカホーナの周りにいる男性といえば、父の側近の中年男性か、相談役の長老、お役目第一の近衛兵たちくらいのものである。 ましてや相手は姫、態度も自然としゃちほこばったものになる。
 それが、身分を知らないとはいえ、あんなに超ストレートに接されれば、免疫のないカホーナが戸惑うのも無理はない。
 さらには『ちょっとはカッコイイかも…』などという考えがよぎったなんて、口が裂けても言えない。
 そんなことを考えていて眠れなかったとは、本人を前にして言えるものではないだろう。

「カホちゃん、どうかした?」
「なっ、なんでもないなんでもないっ。朝ごはん、行きましょっ」
 ドアとカーシュの間をすり抜け、赤らめた顔を見られないようにカーシュの前をずんずん歩いていく。
「わっ、カホちゃん待ってよっ」
 マントをはためかせて先を歩いていくカホーナの後ろ姿を、カーシュは慌てて追いかけた。

*  *  *  *  *

 草原の中を西へと伸びる一本の街道。
 緑のカンヴァスに一筆走らせたような道を、剣士と魔法戦士が歩いていく。
 歩きやすく整備された道ではあるが、朝もまだ早いせいか、2人の他に行き交う人の姿はない。

「そういえばさ、ちょっと前に寄った街におっきな図書館があったけど、行ってみる?」
「ま、まあ、今はとにかく情報集めなきゃいけないし……」
「うん、じゃあ決定!」
 飲食設備のない宿を引き払い、昨夜夕食を取った酒場でパンとスクランブルエッグ、ベリージュースといった簡単な食事を取った後、 カホーナとカーシュはレインシューウィッツの村を後にした。
 これからどうすれば、というカホーナに、カーシュが提案したのは情報収集だった。
 伝承や神話に出てくる《ムジーク=コンクレスト》という名の神が絡んでいる以上、もちろん調べるのはその類。 それなら文献の揃った図書館だろう、というわけで、レインシューウィッツから西にあるセイモーン王国の首都、 膨大な蔵書を誇る王立図書館を擁するフロントセイモーンという街を目差していた。

「で、そのフロントセイモーンまで、ここからだとどのくらいかかるの?」
「うーん、そうだなぁ、おれの足だと7日。女の子の足だったら10日ってとこかな」
「とっ、とお……」
 ぎこちないながらも『ですます調』ではなくなったカホーナに、カーシュが軽く答える。
 深窓の姫君として暮らしてきたカホーナに、そんなに長い時間歩き続けるなんて考えもつかない。 いつもなら移動は快適な馬車。だいたい、そんな長い期間の旅など今までしたこともない。 ましてや、その10日で《ヴァイオリン・ロマンス》探しの旅が終わるわけではない。
 お先真っ暗な状況に、カホーナは言葉に詰まる。
「まあ、フロントセイモーンまでは大きな街道だし、泊まるところはいくらでもあるから大丈夫。 歩けそうになかったらすぐ言って。あんまり無理しちゃだめだよ」
 笑顔で言うカーシュのいたわりの言葉に、少し胸が熱くなる。
 カホーナは赤くなった顔を隠すように俯き、口の中でモゴモゴと礼を述べると、足元を見つめたまま歩を進める。
 下を向いて歩くカホーナの目には、必然的に隣を歩く青年の足が見えていた。
 自分より大きなストライド。足をゆっくりと運ぶことで、自分のペースに合わせてくれている。
 カホーナは小さな感動を覚えて、ちらりとカーシュを盗み見る。
 見上げたカーシュの横顔は本当に楽しげで、何がそんなに楽しいのか、鼻歌まで聞こえてくる。
 『人生謳歌真っ最中』なカーシュに羨ましさすら覚える。
 その時、カーシュの顔が今まで見たこともない真剣なものになり、ぴたりと足を止めた。

〜つづく〜