■語呂合わせ 土浦

「将来の夢」の続きのようなもの

 それは11月22日のことだった。
 星奏学院普通科3年の長柄芹一は、受験生らしく放課後を図書室で過ごしていたが、1時間ほどで飽きたため自宅へ帰ることにした。
 校舎と正門をつなぐ広すぎる通路を中ほどまで歩くと、そこにそびえ立つのはファンタジー系のRPGゲームにでも出てきそうな羽の生えた子供の像。 その足元の台座の横に佇む長身の男子生徒の後ろ姿が目に入った。
「──よう、土浦!」
 声をかけて駆け寄ると、振り返った土浦は軽く頭を下げた。
「久しぶりですね、長柄先輩」
「お前は退部、俺は引退。 ま、しょうがないわな」
 土浦は、ですね、と苦笑する。
 1学年後輩の土浦は、長柄にとって同じサッカー部員としてピッチを共に駆け回った仲間である。
「お前、いつもは下校時間ギリギリまでピアノの練習してるんじゃねぇの?」
 学校が閉まる下校時間は午後6時。 今はまだ午後4時を少し過ぎたばかりだ。
「あー、いつもならそうなんですが……」
 と言葉を濁しつつ、土浦は苦々しげに眉根を寄せる。
 何か問題でも起きたのだろうか?
 まあ彼にもいろいろあるんだろう、と長柄はそれ以上聞くのはやめて、話題を変えることにした。
「── そういや『嫁』は?  今日は一緒じゃないのか?」
 訊いた途端、土浦の眉間の皺が一層深く刻まれた。
 しまった、地雷だったか── もしかすると喧嘩でもしたのかもしれない。 ここはさっさと退散するに限る。
 長柄が行動に移そうと思っていると、土浦の口元がふっと緩むのが見えた。
「……先輩、そんなこと言うと、またあいつが怒りますよ」
 苦笑する彼の言葉に、いつかの出来事を思い出す。 『嫁』じゃなくて『妻』になるんです!と力強く拳を握った女子生徒の姿が脳裏をよぎった。 同時に推察がひとつ頭に浮かぶ。 喧嘩をしたなら、さっさと帰ればいいこと。 こんなところで突っ立っているということは、遅れてくる彼女をここで待っているのだろう。
「── あー、なるほどな。 今日は二人でお祝いでもするんだろ?」
「はぁ…?  別にめでたいことなんて何もありませんよ」
 首を傾げる土浦を見て、長柄はにんまりと笑った。
「いや、めでたい日だぜ。 今日は11月22日── 『いい夫婦の日』だからな!」
「なっ……まだ結婚とかしてるわけじゃ──」
「似たようなもんだろ、この色男ーっ!」
 絵の具をぶちまけたようにぶわっと顔を赤く染めた土浦の肩をバシバシと叩きながら、長柄の胸中に何か虚しさのようなものが込み上げてくるのは気づかぬふりで。
「── だから!  違うんですって!  今日は『ショートケーキの日』なんですよ、先輩っ!」
「は……?  ……なんだ、それ?」
 思わず長柄の手が止まった。 叩かれたところが余程痛かったのか、土浦はしかめっ面で自分の肩を撫でている。
「……後でカレンダー見てください。 22日の上は必ず15日── 『イチゴ』が乗ってるから『ショートケーキの日』らしいですよ」
「……へぇ、そんなのがあるのか」
「……駅前のケーキ屋が毎月22日にケーキの安売りするんです。 それに毎回つき合わされる俺の身にもなってください……」
 土浦は額を手で覆い、げんなりと項垂れた。
 そういえば、彼は甘いものが苦手だと聞いたことがある。 確かに毎月1回とはいえ、苦手なものに無理矢理直面させられるのは、さぞかし辛いことだろう。
 ── だとしても同情なんてしてやるもんか。 灰色の受験生活を送っている自分からすれば、その程度のことを辛いとは言わせねーぞ!
 長柄が怒りの炎に包まれた時、土浦がさらに言葉を続けた。
「まぁ……来週のやつはそこそこ歓迎なんですがね」
「来週…?」
「11月29日は『いい肉の日』とかで、焼肉食べに行くって張り切ってますよ、あいつ」
「へー……って、なにぃっ !?  まさかお前ら『焼肉デート』とかしてんのかっ !?」
 ── 高校生の分際で焼肉デートとはっ !?
 燃料投下された長柄の怒りの炎はさらに激しく燃え上がる。
「ち、違いますって!  家族で行こうって話になってて、どこからか焼肉屋の割引券をもらってきた姉貴がいつの間にかあいつを誘ってたってだけで…!」
 ずるり、と長柄の身体が地面に崩れ落ち、某所でよく見かける『 orz 』の形になった。
「……家族ぐるみかよ……舅、姑、小姑対策バッチリとか、どんだけ……」
「せ、先輩…?」
 と、ぱたぱたと近付いてくる軽やかな足音。
「── おまたせ〜♪  って、あれ?  長柄先輩、どうしたんですか?  もしかして土下座?」
「するわけないだろーっ !!」
 がばっと勢いよく立ち上がった長柄をきょとんとした顔で見上げてくるのは、学院の有名人・日野香穂子。 手にした細長いトランクのようなケースにはヴァイオリンが収められている。
「……いや、普通に話してただけだから、気にすんな」
 妙に気恥かしくなって、ズボンの膝についた泥を叩き落としながら、ぼそぼそと呟いた。 考えてみれば、土浦をからかったせいで自爆しただけのことなのだ。
「?  じゃあ先輩、さようなら」
「……失礼します」
「…………おう」
 会釈をする二人に、しゅたっと手を上げて応え。
 遠ざかる彼らの会話が聞こえてきて、長柄は再び膝をつきそうになった。
「── ほら、急ごうよ。 いいケーキなくなっちゃう」
「わかったわかった。 つか、そもそもお前が数学の宿題のプリント忘れたって教室に戻ったのが一番のタイムロスだろうが」
「そんなこと言ったって、明日提出なんだもん。 手伝ってね、土浦先生様♪」
「はいはい……ケーキ食いながらでいいんだろ?」
「わーい♪」
 晩秋の冷たい風が正門前を吹き抜けた。 怒りの炎も一気に吹き消されたようで、長柄はがっくりと肩を落としつつ、灰色の受験生ロードをとぼとぼと帰っていくのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 すみません、大遅刻ですね(滝汗)
 3年半前に書いた話からなんとなく続いてるような感じです。
 ごめんよ、長柄先輩……

【2011/11/24 up】