■来し方と行く末【パターンC】
ふいに視線を落とした彼女が、ぷっと小さく吹き出した。
「な…っ?」
思わず近づいていた身体を引いて、肩から手を外す。
し、しまった……早まった…。
やっぱいきなり……は、マズかった…よな…?
俯いた彼女は肩を震わせてクスクス笑っている。
ちらりと俺の方へと視線を寄越し、笑いすぎて目の縁に浮かんだ涙を指先で拭いながら、
「もしかして今、キス、しようとした?」
「えっ !? あ、いや、その──」
俺のうろたえっぷりがよほど可笑しかったのか、彼女は再び吹き出してから、俺の鼻先にビシッと人差し指を突きつけた。
「土浦くんに質問です。さて、明日は何の日でしょう?」
「は?」
「だーかーらー、明日は何の日?」
「そりゃ……お前のコンミス試験のコンサートだろ」
「ちっがーうっ! じゃあ質問を替えます。明日は何月何日?」
「……今日が2月13日だから、明日は14日だろ── って」
俺がようやく気づいたことに満足したのか、日野はにんまりと笑い、
「そ、明日は女の子のための一大イベントの日。だから──」
日野は勢いをつけてベンチから立ち上がると、向きを変えて俺の前に立ち塞がった。
公園内を照らす明かりを背にしているせいで、陰になって表情がよく見えない。
「明日、コンサートが終わったら、時間ちょうだい?」
「あ……ああ」
よかった、と呟く小さな声。
と、ふわりと陰が降りてきて、一瞬だけ頬に感じた柔らかな感触。
── こ、これって……。
我に返った時、彼女は数メートル先にいた。
「レモンティーごちそうさま! 続きは明日ね!」
ブンブンと頭の上で大きく手を振って、くるりと踵を返して走っていく。
彼女の姿が見えなくなってから。
公園のベンチに取り残された俺は、そっと頬に手を当てた。
いまだ頬に残る、ふんわりと柔らかな感触。
冬の冷たい空気の中、そこだけが熱を持っているような気がしてきた。
「ふっ……」
思わずこみ上げてきた笑い。
相当緊張していたのか、力が抜けて襲ってきたのはサッカー1ゲームフル出場した後のような倦怠感。
もちろん爽快感もある。
「明日、頑張らなきゃな」
彼女のために。
よっ、と声をかけてベンチから立ち上がり、自宅へ向かう。
その足取りは羽根が生えているかのように軽やかだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
パターンCは『小悪魔チックな香穂子さん』でした。
今後は香穂子さんの尻に敷かれる予感たっぷりな土浦さん。
ところでキミは明日、一体何を頑張る気なのかい?(笑)
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【2008/06/08 up】