■夏の思ひ出【最終日 2:帰りのバスにて】 土浦

 練習を終え、合宿最後の昼食を取ったオケ部員たちは帰途に就くバスに乗り込み、4日間過ごした避暑地を後にした。
 楽しくも充実した日々。
 最初は巻き込まれた形でのいやいやながらの参加ではあったが、結構楽しめたな、と梁太郎は思い返していた。
 もちろん、肝を冷やすような出来事もあったけれど。
 午前中の練習時に『名曲メドレー』の話が出て、帰りのバスで候補曲の投票をするということになったため、あちこちからいろんな曲名が聞こえていた。
 初めてその話を聞いた時は、どこまで巻き込めば気が済むんだ、と憤慨もしたが、同じ立場でありオケの一員であるため負担の大きいはずである香穂子が楽しそうに 『私はあの曲がいいな♪』などと楽しそうにしているので、すっかり毒気も抜かれてしまっていた。なるようになれ、といった心境だ。
 バスに揺られ始めて10分も経つと、つい今しがたまで会話していた香穂子がぴたりと静かになった。
 見れば、シートに凭れ、目を閉じている。
「……もう寝てんのかよ」
 楽器の演奏は意外に体力を使う。
 出発前には『立つ鳥後を濁さず』ということで、簡単にではあるが施設の掃除もした。
 おまけに昼食の後で腹も満たされている。
 極め付きにバスの揺れはなんとも心地よい。
 眠気を誘われるのも仕方のないことかもしれない。
 その時、路面が悪かったのか、バスがガクンと大きく揺れた。
 振動で傾いた香穂子の頭がぽてんと梁太郎の肩に着地する。
 思わずぷっと吹き出してしまった梁太郎も、先に夢の中へ旅立ってしまった彼女に誘われるかのように目を閉じ、バスの揺れに身を任せた。

*  *  *  *  *

『ちゅうも〜く!』
 スピーカーから響いてきたのは部長の声。
 彼は観光バスならバスガイドが立つ通路の一番前に立ち、マイクを握り締めていた。
『それでは、名曲メドレーの候補曲の投票を行います。今から配る用紙には一番演奏したい曲、あとヴァイコンとピアコンを1曲ずつ、計3曲を記入してください。10分後に回収しまーす!』
 部長は小さな紙の束を、右の列、左の列それぞれの一番前の席の部員に渡す。
 しばらくして伝言ゲームのように流れてきた用紙を後ろの席に座っている親友たちに渡そうとして背凭れから乗り出して振り返った天羽は、一瞬絶句した。
 傍らの恋人の肩に頭を預けている香穂子と、その彼女の頭の上に自分の頭を乗せている梁太郎── 寄り添って安心しきった顔で眠りこけているふたりの姿。
 絶句したのは本当に一瞬のことで、天羽はシャッターチャンス!とばかりに愛用のカメラを取り出した。
 アングルを微妙に変えて数枚の写真を撮る。
 それに気づいた近くの席の部員たちが入れ代わり立ち代わりふたりの寝姿を見に来ては、微笑ましいとクスクス笑ったり、またかこいつらかと呆れたり。
 撮影に満足した天羽はカメラを置いて、親友へ手を伸ばした。
 そっと肩を揺する。
 ほぼ同時に目を開いたふたりに向かってにんまり笑って、
「ほら、曲の投票用紙だって」
 と小さな用紙2枚を手渡した。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 あ゛あ゛あ゛……み、短い……。
 完全にトーンダウンしたのがバレバレっていうか…。
 残すはおまけ的エピローグっす。

【2008/05/26 up】