■夏の思ひ出【Epilogue】 土浦

 合宿も終わり、残る夏休みも週3回の練習をきっちりこなし。
 そして2学期。
 オケ部の練習日の放課後、音楽室にやってきた香穂子と梁太郎は、扉を開いた瞬間聞こえて来た音に耳を疑った。
 いつもならそれぞれが思い思いに鳴らす楽器の音が聞こえてくるはずなのに、今日に限ってはチャリンチャリンと金属音がする。
 中に入ってみると、階段状の通路にできた1列の人の帯。
 列を構成するのは明らかにオケ部員で、その手には楽器の代わりに財布が握られていた。
 列を辿っていくと先頭にいるのは天羽菜美。彼女はお金を受け取り、厚みのある封筒を渡すという作業を嬉々として続けていた。
「ねえねえ、これ何の騒ぎ?」
「報道部の写真販売だよ。合宿の時の写真の」
 写真の受け渡しを済ませたのであろう部員を捕まえて聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
 確かに後から合流した天羽が写真を取りまくっていたのは知っている。
 行事があると、その時報道部員が撮影した写真がエントランスに番号つきで張り出され、購入申し込みをするのもいつものことだ。
 しかし、合宿の時の写真については香穂子も梁太郎も何も知らなかった。
 実は、とある理由によって彼らに知られないようにして購入申し込み用のアルバムが部員の間で回されていたのである。
 怪訝に思いながらも楽器の準備をしたふたりは、正式な部員でないこともあってよそ者扱いされたような寂しさを抱きつつ、 受け取った写真を早速取り出して見ている部員たちをぼんやりと眺めていた。
 と、長蛇の列を捌ききった天羽がふたりの元へやってきた。
「はい、これ、あんたたちの分。合宿の時の写真だよ」
 差し出されたのは、相当な厚みのある封筒。
「え……でも、私たちは申し込みもしてないよ?」
「やーねぇ、あんたたちからお金取るわけないじゃん。あ、2枚ずつ同じ写真が入ってるから、後でふたりで分けてよね。じゃ、さらばっ!」
 天羽はふたりに有無を言わせず封筒を押し付けると、逃げるようにして音楽室を出て行った。
「……変な菜美………」
 彼女が出て行った扉を呆然と見つめたままの香穂子の手から封筒を抜き取った梁太郎が、中から写真を取り出した。
 めくっていくと、確かに同じ写真が2枚ずつあった。
 真剣な表情の練習中の写真や、楽しげな食事中の写真。
 そして──
「うげっ !?」
「ええっ !?」
 束の後ろの方から出てきたのは、完全なるツーショット写真。
 木陰で抱きしめ合っているシーン。
 ベンチで並んで線香花火をしているシーン。
 バスの中で寄り添って眠っているシーン。
 客観的に見るととても微笑ましいワンシーンなのだが、本人からすれば(特に梁太郎にとっては)どれも相当こっ恥ずかしい写真である。
 ふたりにアルバムが回ってこなかった理由── これらの写真もアルバムに入れられ、部員の目に晒されたのである (抱き合っている写真は、さすがの天羽もなけなしの良心から、アルバムには入れなかったが)。 もし早い段階でふたりの目に触れれば、猛烈な抗議と共に写真は破り捨てられたことだろう。
 ── そんなのもったいないじゃない!(by 天羽)
 何しろふたりの仲の良さが滲み出た、いい写真なのだ。
 そんな訳で、写真のことはふたりには内緒にされていたのだった。
「くっそ……天羽のヤツ……!」
 照れなのか怒りなのか(恐らく両方だろう)顔を真っ赤に染めた梁太郎に握りつぶされそうになった写真を、香穂子が慌てて回収して封筒に仕舞いこみ。
 まあまあ、と宥めながらも、天羽が逃げるように姿を消した理由はそれだったのだろう、と香穂子は苦笑するのだった。

*  *  *  *  *

【おまけ】
 回ってきたアルバムの中の香穂子と梁太郎のツーショット写真を見たある女子部員がポツリと呟いた。
 『あやかりたいよねぇ』、と。
 そこからなぜか『あの写真を持っていると、恋愛成就のお守りになる(かも)』という話に発展したらしい。
 そんなこんなであの写真はオケ部のほぼ全員が購入することとなり、後から噂を聞いた部外の生徒からも申し込みが殺到し、驚異的な売り上げを記録した。
 そして今、天羽は当事者ふたり(特に梁太郎)にその事実が明かされる日が来ないことを祈りつつ、恐怖に震える日々を送っている……とか。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 あぁ、結局天羽ちゃんでオチをつけてしまったぜぃ。
 ね、最初に書いた通り、特に盛り上がりもなかったでしょ?
 だいたいさぁ、春に夏の話書いてるほうが変なんだよ。
 とりあえず連載は終了ですが、そのうち定演本番の話とか書けたらいいな。
 しょーもない話に長々とおつきあいいただいて、ありがとうございました。

【2008/05/29 up】