■Confidential Message【21】 土浦

【Side K】
 図書室を出てから、私たちは音楽準備室へと駆け込んだ。
 金澤先生が私物のノートパソコンを持ってるのを知っていた梁太郎の判断。
 パソコンを借り、仕事をしていた先生をムリヤリ部屋から追い出して。ファイル開いたりすんなよ〜、と釘を刺されたけど、今はそれどころじゃありませんっ!
 誰かが入ってきてもすぐわかるように、音楽室に続く扉が視覚に入るようにして机に座り、ディスクをセットする。
 あぁぁっ、さっき見た『ドレスアップ編』は飛ばして!
 そして問題の『日常編』!
 映されたのは、殺風景なスタジオらしき部屋でヴァイオリンを弾く少女とピアノを弾く少年──
 こ、こ、こ、これって、遥さんが到着するのを待ってる間に梁太郎と練習してたシーンじゃないっ!
 カメラマンさんなんていなかったわよっ!
 ……はっ、積んであったダンボール箱やらドラムセットやらに隠しカメラっ !?
 お昼ご飯から戻ってきた時には撤去してあったっていうことは、そういうこと !?
 演奏するシーンと椅子に座ってしゃべってるシーンが交互に映る。
 間で私がチョコを頬張ったり。
 それから、椅子に座った梁太郎の背後に立った私が、彼の首に腕を回して抱きつき、頬にキス。
 ぅひゃあああ……あの時、ってこんな感じだったの !?
 シーンは変わり、目を瞑ってヴァイオリンを弾いていた私が、目を開けてふっと微笑む。
 手元を見ながらピアノを弾いていた梁太郎が、すっと視線を上げて、口元に笑みを浮かべた。
 うわあああぁぁっ、いかにもアイコンタクトしてますってカンジ !?
 ……いや、実際そうなんだけど…。
 その後は、画面の中のフレームの中で小さく写ってる私たち── 首に手を回したままの私と、私を見上げている梁太郎の横顔が見える。
 フレームはスタジオと調整室の間の大きなガラス窓。
 そして、私が頭を下げ── いやあああぁぁぁぁっ!
 口元は隠れててちゃんとは見えてないけど、明らかにキスしてるってのが丸わかりじゃないのーっ!
 こ、こんなものが日本全国のお茶の間に流れるワケーっ !?
「── 香穂、ちょっと携帯貸せ」
「えっ」
 これ以上ないほど真っ赤な顔をした梁太郎が手を出している。
 ……きっと私も負けず劣らずの赤い顔だろうけど。
「松下の番号、登録してあるんだろ?」
「あっ、うんっ」
 私はカバンから携帯を取り出し、メモリから松下さんの番号を呼び出して梁太郎に渡した。
「いくらなんでも、これじゃプライバシーの侵害しまくりだろうがっ!」
 悪態をつきながら、携帯を耳に当て── 一言もしゃべらないまま、梁太郎は携帯の通話ボタンを切る。
「くそっ、ドライブモードで留守電に切り替わりやがった」
 梁太郎はポケットから自分の携帯を出して、私の携帯を見ながら松下さんの番号を登録していた。後でもう一度かけるつもりらしい。
「んなもん流されてみろ、俺たち来週から学校来れないぜ」
「うぅ……どうしよう…」
「絶対に阻止してやるっ!」
 携帯を握り締める梁太郎の背後に、メラメラと燃え盛る炎が見えたような気がした。

 パソコンを片付け、音楽準備室を後にしてからは、練習する気も起きなかった。
 無理に練習しても集中できないだろうし。
 梁太郎も同じみたいだったし、今日のところは家に帰ることにした。
 あぅ、私がCM出演なんか受けたりしたから……梁太郎にまで迷惑かけちゃった。
「梁……ごめんね」
 梁太郎が押す自転車の後ろに座っている私は、彼の背中に謝った。謝って済むことじゃないけど。
「……お前が悪いわけじゃないだろ、気にすんな」
「うん……ごめん…」
「だーかーらー、もう謝ん──」
 振り返ろうとした梁太郎を遮るように、肩に掛けたカバンの中で携帯が鳴り始めた。
 着メロは『魔法使いの弟子』── 星野くんからの電話。
 また前みたいに梁太郎と気まずくなるのも嫌だから── 電話がかかってきた時点ですでに気まずいけど── 切れるまで無視しよう。
 音にピクリと反応した梁太郎は足を止めていた。肩越しに私の方を振り向いて、
「……電話、出ないのか?」
「うん、いいの」
「もしCM絡みの話だったらマズくないか?」
「あ……」
「……関係ない話なら、さっさと切れよ」
「……うん」
 梁太郎の顔はお世辞にも機嫌がいいとは言えなかったけど……カバンから携帯を取り出して、溜息ひとつ漏らして電話に出た。
「……はい、もしもし」
『よっ、体調どうだ?』
「えと……もう平気です」
『そっか、よかったな。でさ、そこにアンタのカレシ、いる?』
「ぅえっ !?」
 私が素っ頓狂な声を出したものだから、梁太郎がびっくりした顔で振り返った。バチッと目が合う。
「え、まあ……います、けど…?」
『ははっ、相変わらず仲良しさんだねぇ。ちょっと代わってくんない?』
「えっ、な、なんで…?」
『いいから早く』
 私は首を捻りながらも携帯を梁太郎に差し出した。当然、梁太郎は訝しげに眉をひそめる。
「星野くんが、代わってって」
「俺に…?」
 こくんと頷くと、梁太郎は携帯を受け取って前を向く。私の目の前はまた梁太郎の背中になった。
「……何の用だ?」
 地に響くような低い声でそう言ったきり、梁太郎は黙り込む。携帯から小さく星野くんの声が聞こえるけれど、意識的にボリュームを落としてしゃべっているのか、 何を言っているかまでは聞き取れなかった。
 それから梁太郎は、わかった、とだけ言って電話を切った。
「ん、サンキュ」
 振り返って携帯を差し出す。
「星野くん……何て?」
「さあ……俺にもよくわからねぇ」
 なによ、たった今『わかった』って言ってたじゃない!
 私の手に携帯を押し付けると、梁太郎はその手で私の頭をくしゃりと撫でて。
「さ、帰ろうぜ」
 梁太郎はニッと笑ってから私に背を向けて、自転車を押し始める。
 ……口元は笑みの形になっていたけれど、目はそうじゃなかった── 襲ってきた不安に、私は掴まっていたサドルをぎゅっと握り締めた。

*  *  *  *  *

【Side R】
 自転車を漕ぎながら、俺は奥歯をギリと噛み締めていた。
 香穂を家に送り届けた後、いつものように自宅に向かって走り出した自転車を、香穂の家を迂回するように住宅地を回り込んで逆方向へと向かわせている。
 行き先は、臨海公園。
 星野は俺に『海が見える公園の、一番海がよく見えるベンチのところまでひとりで来い』と言ってきた。
 何の用事か知らないが……いや、恐らく星野は香穂のことが──。
 はっ、直接対決ってか?
 ── 上等じゃねえか、受けて立ってやる。

 公園に着いた俺は駐輪場に自転車を止め、公園の奥へ進む。
 まだ時間的に早いせいか走り回るガキの姿が多く見られた。その間をスラロームのように掻い潜り、俺はある一点を目指す。
 海に面したこの公園、海側に設置されたベンチからならどこからでも海は見える。だが、『一番海がよく見える』と言えば、半円状に海にせり出した展望フロアだろう。
 思った通り、弧に沿って置かれたベンチのひとつに人影を見つけた。
 背凭れのないベンチに座る背中は小さく丸まっている。ハッキリとは見えないが、折り曲げた足の踵をベンチの座面に引っ掛け、その膝を抱えるようにして座っているようだ。
 ザッ。
 革靴の底が地面を擦る音に、そいつが振り返った。
「……よ、お早い到着で」
 顎を上げ、深く被ったキャップの下から見える目がやけに挑戦的に見える。
「……何の用か知らねえが、手短に済ませてくれ」
 星野はニッと口の端を上げ、
「『ボクちゃんさっさとお家に帰ってピアノの練習しなくちゃ♥』ってか?」
 くそっ、ムカつく言い方するヤツだな。
 この調子でからかわれたら、怒りに我を忘れて何かに力任せに抱きつきたくなるのもわかる気がする。
「……だったらどうだってんだ」
「あーやだやだ、どいつもこいつも練習練習って、そんなに練習が楽しいかねぇ……オレとは人種が違うとか?
「は…?」
「いやいや、こっちの話」
 星野はベンチに座ったままクルリと身体の向きを変え、ゆっくりとした動きで足を組み、その膝の上で頬杖をついた。
「CMの話、聞いただろ?」
 こいつ、そのことで俺をからかいに来たのか?
 今は一刻も早く放送阻止することが最優先で、こんなヤツと無駄話してる場合じゃないってのに。
「勝負、しようぜ」
「はぁ !?」
 な、何言ってんだ、こいつ !?
「あのCMさ、メーカーの公式サイトでも見られるんだよね」
 ……それは聞いた。
「で、オレバージョンとアンタバージョンでウェブ投票するんだと」
「は?」
「物分りの悪いヤツだなぁ……だからー、どっちのCMが好きか、一般視聴者に投票してもらうんだよ。 で、投票数の多いCMに票を入れた人の中から抽選で50名様にチョコレート詰め合わせをプレゼント!ってな」
「はあっ !?」
「……アンタ、『は』しかしゃべれねぇワケ? とにかく、こっからが一番重要だぜ── オレとアンタの勝負は、当然得票数が多いほうが勝ち。勝った方への賞品は──」
 次に出てくる言葉は容易に想像がついた。
 知らず唾を飲み込んだ音が、ゴクリと大きく耳に響く。
 そして星野が告げた、その名前── やっぱりそう来たか。
 星野は俺に挑みかけるようにニヤリと笑った。
「……ざけんな! 勝手なこと言ってんじゃねぇよ!」
「まぁまぁ、そんなにいきり立つなって」
 星野は組んでいた足を解き、ゆうらりと立ち上がると腰に手を当て、俺を見据える。少し顎を上げ、見下ろすような視線がとにかくムカつく。
「結果発表はサイト公開から2週間後。またその頃会いに来るわ」
 来なくていい! 二度と来るな! 一生来るな!
 星野は通り過ぎざまに俺の肩をポン、と叩き、そのまま去っていった。
 俺は頭を抱えることも忘れ、潮風になぶられながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。

〜つづく〜

【プチあとがき】
 あははー、少女マンガにありがちなパターンで(笑)
 王道っちゃ王道ですなぁ。
 さーて、勝負の行方はいかに?

【2008/03/03 up/2008/03/08 改】