■がむばれ!八葉! 【その10・どんでん返し】 譲

 約束をしていた客人の少々早い来訪の知らせを受けて、譲は京邸を出た。
 門前でその約束の相手である弓の師・那須与一と話しているところに現れたのは彼の最も愛する人、望美である。
 二人が顔を合わせた時点で譲の心中にはどうにも嫌な予感が渦巻き始めていた。
 未来を知ることができるという『星の一族』の血を受け継いでいるから、ということとは別の次元で。
 愛らしく小首をかしげ、明らかに『この人、誰だろ?』という顔をしている彼女に向かって、与一がにこやかに自己紹介する。
「── ごあいさつするのは初めてでしたね。私は、那須与一宗高と申します」
「那須与一さんって、確か……」
 『那須与一』と言えば、元いた世界でも超有名な人物。
 が、1つ年下である譲の持っている歴史に関する知識に『わあ、譲くん、よく知ってるね〜』と感心するような彼女である。
 それを差っ引いたとしても、自分の師として幾度も話し、彼が大怪我を負ったときに落ち込む自分をあれほど心配してくれていたというのに。
 なのにピンと来ないとは……
 そんなおとぼけなところも愛おしいと思ってしまうのは、惚れた欲目というものだろうか。
「……俺の弓の師匠です」
「ああっ! やっぱりっ!」
 よかった、ちゃんと覚えててくれたんだ……一応。
 そんなことを思ったのも束の間、譲は衝撃の光景を目の当たりにすることになった。
「お会いしてみたかったんですっ!」
 飛びつくようにして与一の手をがっちりと握り込み、うっとりと見上げる望美の両の目がピンクのハートになっているように見えたのである。
「きゃーっ、どんな人かと思ってたけど、やだっ、かっこいいっ!」
「え゛……」
 譲、思わず絶句。
 ふと、望美は与一から顔を逸らすように斜めに俯くと、なにやらブツブツと呟き始めた。
── こんなことなら怪我したって聞いた時に駆けつけて、しっかり看病しておくんだった。 そしたら今頃もっと仲良くなれてて、あんなことやこんなこと── やーん、失敗したっ!
「え゛え゛っ !?」
── ううん、平和になったんだもの、時間はたっぷりあるわ! 頑張れ望美っ!
 自分自身にエールを送った彼女は満面の笑みにキラキラと輝かせた顔を与一の方へと向け、握る手にぎゅっと力を込めた。
「あ、あのっ、これからお時間ありますか? よかったら一緒にどこか遊びに行きましょう!」
「い、いや、ですが神子殿、私は譲と──」
「まあまあ、いいじゃありませんか。譲くんは仕事が決まって忙しいみたいですし、無理に誘うのも悪いですから」
「み、神子殿っ !?」
「さあ、行きましょう!」
 あまりの事態にフリーズ中の譲の前から連れ去られてしまった師。
 連れ去ったのは、彼の最も愛する人。
 二人の姿が通りの向こうへ消えた後、地に崩れるようにガックリと膝をついた譲の背中を京の秋風が寂しく吹き抜けていった。

〜 おしまい 〜

【プチあとがき】
 譲スキーの方、ごめんよ(笑) 先に謝っとくよ。
 あのおまけを見た時に真っ先に思いついたのがこのネタ。
 だって与一さん、思いもよらずかっこよかったんですもの(笑)

【2009/03/30 up】