■がむばれ!八葉! 【その8・ちもりんの入水失敗 〜ワガママのんちゃん〜】
「もしかして……」
何かひらめいたのだろう、望美はダッと駆け出した。
そのままの勢いで舳先のふちにひょいと飛び乗ると、ぐるりと海上を見回した。
海上ではあちらこちらで白い旗を掲げた船と赤い旗を掲げた船との間で激しい戦いが行われている。
望美はすぅーっと大きく息を吸い込み、口の横に両手を当てると、赤い旗が密集している方へ向け──
「将臣くーーーんっ! どこーーーっ !! まーさーおーみーくーーーーーんっ !!!」
望美の大きな声に、あれほど激しかった戦いはぴたりと止まる。
そのうち、赤い旗をつけた一艘の船がすーっと近づき接舷して、一人の男が重い足取りでこちらの船へと乗り込んできた。
男── 将臣は苦しそうに顔をしかめ、望美の顔をじっと見つめている。
「望美…… お前が、源氏の…… 神子だったのか…っ」
「そんなことはどーでもいいのっ! ちょっと将臣くんっ! 一体どういうことっ !?」
「は?」
将臣はシリアスなセリフを一蹴された上、訳もわからぬことで問い詰められ、ただぽかんと口を開けるしかなかった。
「な、なんのことだよっ」
「だーかーらーっ、ダイビングだよ、ダイビングっ! 知盛には教えて、どうして私には教えてくれないわけっ!」
知盛に対するなんだかよくわからないライバル意識をメラメラと燃やしている望美。
「はぁ? お前、こんな時に──そんな話できる状況じゃないだろ。だいたい、俺は知盛にダイビングなんか教えてないぜ」
「じゃあこれは何よ」
望美は持っていた知盛の肩当てを将臣の鼻先にぐいっと突きつける。
「???」
「これ、フィンだよね。この縄に爪先を入れて、端の縄で足にくくりつけるんでしょ? どう考えてもこの時空の人がこんなもの知ってるとは思えないんだけど」
将臣は望美から知盛手製フィンを受け取ると、まじまじと見た。
「へぇ…… 意外とよくできてるな── そういや俺たちの世界の話をしてやった時に、絵に書いて教えたことはあったな。けど、それだけだ」
「そ、そうなの…? けど、教えたことに変わりはないっ! 熊野で約束したじゃないっ、今度教えてやるって!」
「あのなぁ、俺は『気が向いたら』って言ったはずだぜ?」
「それはそうだけど……」
「仮に教えるとしてだ、お前、その着物のままで海に潜るのか? 水着もウェットスーツもなしで?」
「うぅ… でもでもでもーっ」
望美は子供のように足を踏み鳴らしながら駄々をこねる。
今まで見たこともない白龍の神子のワガママっぷりに、この場にいるすべての人間がヒキまくっていた。
「ま、元の世界に帰ったらいくらでも教えてやるさ」
「じゃあ今すぐ帰る! 帰って将臣くんとダイビングするーーーっ!」
「お前、そんなにダイビングやりたかったのか…… ったく── しょうがねぇな」
『しょうがねぇ』で済むことなのか !? ── 誰もが心の中でそうツッコむ。
「よし、じゃあ帰るか。俺もこっち来てから『還内府』なんてやってっと潜る暇もなくてなー」
将臣が口走った衝撃の告白に、源氏の者たちの間にざわめきが生まれる。
「わーい♪ じゃあ私、潮岬行ってみたいな〜」
「おっ、いいなそれ。だが、ちょっと遠いな、日帰りは無理だぜ?」
「いいよ、将臣くんとお泊りデート、久しぶりだね ♥」
「やっと機嫌が直ったか。ははっ、お前って単純すぎ」
「ふふっ♪」
久しぶりに大好きなダイビングができる将臣と、希望が叶った望美は超ご機嫌だった。
目の前で繰り広げられるバカップルぶりに、力なくうなだれる者、完全に脱力し泡を吹いてその場に倒れこむ者、いろんな意味で殺意のこもった視線を投げかける者たちが、
その様子を遠巻きにして見つめていた。
『お泊り』『久しぶり』という言葉を頭の中でこだまさせつつ、口から魂を垂れ流しながらがっくりと膝をついている者も約一名。
「じゃ、そういうことで白龍、お願いね♪」
「あ… ああ、叶えるよ…… それが神子の願いなら」
辺りは白くまばゆい光に包まれ── 光が消えた時には、望美と将臣、二人の姿も消えていた。
現代の潮岬でダイビングを楽しむ望美と将臣。
あの時残された者たちがその後どういう運命を辿ったのか──
知ったこっちゃない二人だった。
〜 おしまい 〜
【プチあとがき】
ある意味アナザーエンディング(笑)
【2006/10/06 up】