■がむばれ!八葉! 【その5・将臣くんの慟哭】 将臣

※某動物番組ネタはいってます(笑)

 今夜は満月。
 前の満月の夜、将臣は夢の中で、心から逢いたいと思う女と逢った。
 この世界に飛ばされた時にはぐれてしまった幼馴染、春日望美である。
 たかが夢、と侮るなかれ。
 夢の中で約束した場所で、本当に望美と再会してしまったのだ。
 そして今夜も満月。
 将臣はわくわくする気持ちを抑えられないまま、夢の中へと旅立った。

「将臣くんっ!」
 セピア色に霞む見慣れた教室で、将臣は愛しい人の姿を探していると、背後から元気な声をかけられた。 声がした方向へ身体を向けると、望美が駆け寄ってくる。
 望美は走るスピードを落とすことなく、将臣の胸に飛び込んできた。
 将臣は慌てて受け止めた。
 勢い余ったのか、望美の手がパシンと音を立てて将臣の背中に回される。
 男の胸に女が飛び込んでいくという行為は、愛情表現の何物でもないだろう。望美の手にスリスリと背中をさすられる感覚に、 将臣は有頂天になった。
 そして、あたりが一瞬フラッシュし、将臣は夢の世界をあとにした。

 翌朝。
 将臣が身支度を整えていると、背後に身も凍るような殺気が生まれた。
「誰だっ!」
 振り返ろうとして─── 振り返ることができなかった。耳元で何かがきらりと光り、肩に何かが乗る。
 目だけを動かして肩を見ると、抜き身の太刀がそこで鋭い光を放っていた。
「兄上…… いや、有川─── お前、どこの犬だ?」
 後ろから聞こえるゆったりとした口調の中には、激しい不信の色が滲んでいる。
「と、知盛…? …… 何のことだ」
「言葉の通りだ… お前は誰に飼われた犬なのか、と聞いている」
 将臣の背中を冷たい汗が流れ落ちた。
「ば、馬鹿なこと言うなよ、知盛。俺はこの世界に来て平家に拾われた。だからここにいる── それだけだ」
 背後で知盛がフンと鼻で笑うのが聞こえた。
 背中を軽く引っ張られるような感覚とともに、ピッと何かをはがす小さな音がする。
「ならば… これはなんだ」
 将臣は肩に乗せられた太刀の重みがなくなったのを確認してからゆっくりと振り返り、太刀を肩に担いだ知盛が差し出す一枚の紙を受け取った。

この子は迷子です
名前は『ありかわまさおみ』といいます。
ふらりと姿を消してしまう、困ったちゃんです。
拾われた方は、たいへん申し訳ありませんが、
下記の住所までご連絡ください。

 そんな文面の下には、京・梶原邸の所書きがあり、さらにご丁寧なことには『春日望美』の署名の横に、どうやら自画像なのであろう、 長い髪の女の子の絵がピースサインつきで描かれている。
 『拾った人』へ向けた文面は、『迷子』ではなく完全に『迷い犬』扱いである。
 読み進めるうちに、将臣の顎ががくりと落ちていった。
「─── そうか…… わかったぞ………」
 そう、あの熱烈な抱擁は自分に逢いたかった気持ちの高揚からの行動ではなく、この紙を背中に貼り付けるため。
 優しく撫ぜる手は、この紙をしっかりと背中に貼り付けるため……。
 たかが夢、と侮るなかれ。
 さっき顔を洗ったときに残っていたのであろう、将臣の前髪からひとしずくの水滴が、手に持った紙の上にポトリと落ちた。
 水滴が着地したのは『み』の文字の上── 『み』はどんどん滲んでいった。
「ありかわ……… まさお…?」
 将臣はぐしゃりと紙を握り潰し、涙を流しつつ、吠えた。
「俺は犬じゃねええええぇぇぇぇぇっ!!!」

 将臣がこの時滝のように流した涙は、水不足に陥っていた京の町を救ったという。

〜おしまい〜

【2005/09/26 up】