■がむばれ!八葉! 【その4・ヒノエくんの失策】
※注:某ネオロマゲームネタ入ってます(笑)
うららかな春のある日、ヒノエは束の間の平穏な時を、木陰でまどろむことに費やしていた。
「ヒノエくん、今、いいかな?」
心地よい声がヒノエを夢の中から引き戻す。
ヒノエは片目だけ開き、その瞳に声の主の姿を映した。
「せっかく休んでたのに、邪魔しちゃってごめんね」
「邪魔なわけないだろ、お前ならいつでも大歓迎だ。なんなら、オレのすべてお前に与えたっていいんだぜ」
「もう……… ヒノエくんてば……」
頬を染めてはにかむ望美を、ヒノエは心から愛しいと思う。戦いの中での凛々しい姿が嘘のようだ。
閉じていたもう一方の目も開き、身体を起こした。
「フフッ、本当にお前は可愛いね。で、どうしたんだい、オレの神子姫様」
「あ… えーっとね、ちょっと話したいことがあるんだ」
ひゅぅ〜と口笛を鳴らすヒノエ。
「お前からのお誘いなんて、珍しいね。ついにオレの女になる決心がついたのかい?」
「お昼ご飯の後、神泉苑の一番大きな桜の木の下で待ってるから」
望美はヒノエの問いに答えることなく、落ち合う場所を告げた。
「へぇ、花吹雪の中で愛をささやき合うのも雅なもんだね。必ず行くよ、オレの姫君」
こくりと頷くと、望美は踵を返し、走り去った。
その姿を見送った後、ヒノエは再び寝転がり、頭の下に重ねた手を枕に、蒼い空を流れる雲を見つめながら、
自然と浮かんでくる笑みを押さえられなかった。
しばらくの後、梶原邸では───
景時がいつもの洗濯中に望美に捕まっていた。
「景時さんっ! お願いがあるんですけど」
「なにかな〜、望美ちゃん」
望美はキョロキョロと辺りを見回すと、景時に向かって人差し指をクイクイッと動かす。
『耳を貸せ』という意味だと悟った景時は、長身を折り曲げ、望美に耳を寄せた。
「あのね……………」
しばしの密談。途中、景時は『でも〜』『いいのかな〜』などと呟いている。
「じゃ、そういうことでお願いしますね!」
望美は嬉々として走り去って行った。
春の昼下がり、神泉苑は花見客で賑わっていた。
散策する者、茶会を開く者、歌会を開く者、酒宴を開く者── それぞれに花びら舞う春の風情を楽しんでいる。
ヒノエが神泉苑を訪れた時も、苑内はどちらを見ても人だらけ、だった。
桜吹雪舞う中、約束通り一番大きな桜の下に座っている望美を見つけた。
ヒノエが近づいていくと、望美は跳ねるように顔を上げ、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「待たせたかい? フフッ、オレの姫君の笑顔は本当に『花のかんばせ』だね。咲き誇る桜が霞んでしまうよ。
それに、そうやって座っているお前は、まるで舞い疲れた天女がしばしの休息を取っているようにも見えるぜ」
その言葉に望美は顔を赤らめ、恥ずかしそうに視線を逸らした。
ヒノエは望美の傍に腰を下ろすと、立てた片膝に腕を預けて望美の顔を覗きこむ。
「じゃ、愛を語り合おうか、姫君?」
望美は俯いたまま、答えない。
「ふーん………、オレたちに言葉は要らないって? それなら──」
ヒノエは望美の顎を軽くつまむとグイッと上を向かせ、その赤く色づいた唇に軽く口付けた。
「ん?」
ヒノエは妙な違和感を覚え、望美の顔を見つめる。
望美は上気した顔で、潤んだ瞳を揺らす。
なんと美しいのだろう─── ヒノエは先ほど感じた違和感をすっかり忘れてしまった。
その頃、いちゃつくふたりを遠巻きにし、桜の木陰に身を潜めるいくつもの影があった。
皆それぞれが肩を震わせている。
「ぷーーーーーっくっくっくっくっ! 俺もう我慢できねぇっ!」
そう言って、将臣は転げまわって笑った。一応、笑い声は必死で抑えてはいるが。
それを引き金にして、弁慶も笑い始めた。
「クククっ、あんなもの相手に、本当に滑稽ですね。ヒノエのあのだらしのない顔ときたら── ふふっ」
そして全員が声を押し殺しつつ、腹を押さえて笑いこけた。
「じゃ、そろそろ行くわよ」
ひとしきり笑った後、すっくと立ち上がったのは─── 望美だった。
ヒノエは満足だった。
引き寄せて肩を抱いた望美は、何の抵抗もなく自分の胸に頬を寄せ、うっとりとした面差しでその瞳を閉じている。
『コイツはもうオレのもんだな。何度も何度も甘い言葉をささやいた甲斐があったぜ。悪いな、みんな』
ヒノエは心の中でそう呟いていた。
「あっれ〜? ヒノエくん、こんなところで何してるの?」
「ハァ? オレと神子姫の逢瀬を邪魔するとは、無粋なヤツだな。あっち行ってろよ─── って、望美っ!?」
ヒノエが見上げたそこには、望美がニコニコしてこちらを覗き込んでいる。その後ろには、いつものメンバーが勢ぞろいで並んでいた。
「えっ、じゃ、今までオレと一緒にいた望美は……」
恐る恐る視線を下げるヒノエ。
腕の中にいるのは望美─── ではなく、顔に『へのへのもへじ』が書かれた一体のカカシだった。
「うわあぁぁぁぁっ!」
驚きのあまり、ヒノエはカカシを放り投げた。カカシは綺麗に弧を描いて飛んで行き、着地と同時に『へのへのもへじ』が胴から離れて転がっていく。
「なななっ、何なんだよこれっ!!!?」
「ふふふっ、そこにいた私は、景時さんが見せた幻影なの」
ヒノエはさっき望美に口付けた時に感じた違和感をやっと理解した。粗末な麻袋製のカカシの顔の『へ』に口付けたのである。
ざらりとした唇の感触も当然の事。公衆の面前で『へのへのもへじ』と愛を語らい、口付けを交わしていた自分が泣きたいほどに情けなかった。
「ヒノエくん、いつも私に甘ーい言葉ささやき続けてたでしょ? そういうのって───」
望美の顔に張り付いていた笑みがすっと消えて真顔になった。ゆっくりとした動きで腕組みをし、ほんの少し顎を上げ、
すぅーっと細められた目に冷たい光が宿る。
「うざいんだよ、お前」
望美が冷たく言い放った言葉に、ヒノエの背筋は凍りついた。
「ヒィィィィィィィッ!!!」
ヒノエの声にならない叫びがあたりに響き渡る。
その時、ヒノエの目には、黄金に輝く横笛を手に携えて長い髪をなびかせる美少年が、望美に重なるようにして映っていたという。
〜おしまい〜
【2005/09/21 up】