■がむばれ!八葉! 【その3・九郎さんの激怒】
それは旅の途中、とある宿での出来事だった。
しばらく足止めされるということで、皆、暇を持て余していた。
書物を読む者、自分の得物の手入れをする者、はたまた剣の稽古に汗を流す者。
そしてここに、誰よりも暇を持て余してしょうがない人物がいた。
白龍の神子・春日望美、その人である。
マンウオッチングでもしているのか、作業をする人の近くに行ってはじっとその様子を見つめ、しばらくすると移動する。
そんなことを繰り返し、現在望美の視線の先にいるのは、真剣な面持ちで剣を振り下ろす、源九郎義経の後ろ姿だった。
翌朝。
朝餉の席に起き出してきた九郎の頭に、全員の視線が集中する。
「め、珍しいですね、九郎さんがそんな髪型にするなんて」
「ああ、これか。朝起きたらこうなっていた。剣を振るのに邪魔にならなくて済むかもな」
「はぁ…」
九郎のいつものポニーテールは、しっかりと三つ編みにされていた。
『いいのかそれで!?』と言いたげな表情が、皆の顔に張り付く。
箸を握り締め、必死に笑いをこらえていた将臣は気が付いた── 隣で望美が『チッ』と小さく舌打ちしたのを。
その後は何も起きなかった。
ただ、朝早くから望美は宿から姿を消し、夕方遅くなって戻ってくる、という日が数日続いた。
そして、5日目の朝。再びそれは起こった。
「おはようございます九郎さぷーーーーーーーっ」
譲がセリフの途中から盛大に吹き出した。
「はっはっはっはっ、九郎お前、頭で歩くのかぁ」
ゲラケラと大笑いする皆の視線が集中するのは自分の頭── 九郎はおずおずと頭に手を伸ばした。
そこにあったのは、一足の草履。
九郎の長い髪を材料に、丹念に編みこまれている。鼻緒の部分もきっちり作りこまれていた。
「だっ、誰だっ! こんなことをする奴はっ!」
怒りのあまり顔を真っ赤に染める九郎。朝餉も食べずに、部屋に引きこもってしまった。
九郎が足音高く去ったあと、将臣は望美が小さくガッツポーズするのを見逃さなかった。
さらに数日後。
九郎の怒りが和らいできた頃、三たびそれは起こった。
彼の頭には、水引細工の鶴と亀が鎮座ましましていた。当然材料は九郎の髪の毛。
見事な出来栄えに、皆は箸を止め、ほぉ〜と感嘆しつつ眺めていた。
頭に手をやった九郎の怒りは再び頂点に登りつめた。
「誰がやったっ!? 名乗り出ろっ!」
今にも剣を抜きそうな勢いで怒りまくっている。
その時、将臣が望美の耳元に囁いた。
「あれ、お前だろ?」
「えっ、なんのことかな〜」
口笛を吹くまねをしながら、そらっとぼける望美。
「俺、知ってるぜ? こないだお前がガッツポーズしてたの。最初の三つ編みの時は舌打ちしてたな」
「あ、あはは、バレたか…… あんまり暇だったからさ〜。結構大変だったんだよ、編み方教えてくれる人探すの」
「あ〜、それでお前、いつも宿にいなかったのか…… けど、お前、結構手先器用だなー、たいしたもんだぜ」
「でしょでしょ〜♪ 会心の出来なのよ〜」
ふいに密談中のふたりの背後に気配が生まれた。
「…… そうか…… お前か…… お前がやったんだな………… 望美っ!表へ出ろっ!」
シャキーンと抜き放った太刀がきらりと光る。
「ごめん九郎さん、落ち着いてっ」
「これが落ち着けるかぁっ!!!」
「きゃああああっ」
脱兎のように必死で逃げる望美。
本気で剣を振り下ろす九郎─── 頭にツルカメ乗せたまま。
今日も今日とて、そんな微笑ましい(?)追いかけっこが行なわれている─── かもしれない。
〜おしまい〜
【2005/09/13 up】