■がむばれ!八葉! 【その1・敦盛くんの嘆き】
うららかな春のある日、梶原家の邸の一室で、平 敦盛は、静かに読書をしていた。
柔らかな風が肌をくすぐり、穏やかな時間を楽しむように、書物へと視線を落とす。
その時───。
ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたことんころころぱたぱたぱた───
廊下を通り過ぎる軽やかな足音の間に、なにやら妙な物音が混じる。
「ん?」
敦盛が向けた視線の先には、春らしい桜色の毛糸玉がひとつ揺れていた。
あの足音は………
「…… 神子…?」
敦盛は一旦書物を置き、毛糸玉を拾い上げると、机の上にそっと乗せ、再び書物へと戻った。
数日後。
敦盛は、梶原邸の庭にある大木の木陰で笛の練習をしていた。
ふいに、ゆらゆらと揺れる、ふわふわした黄色い物体が視界に入った。
それは、鳥の羽根を束ねたもの。束ねたところから上へと向かって糸が伸びている。
糸をたどって視線を上へと向けると── 糸は細い枝の先に結び付けられ、その枝は人の手の中にあり、
その手の持ち主は──
「! 神子!? そんなところで、一体何を…?」
大木の枝に掴まりつつ、釣堀で釣りを楽しむかのように、白龍の神子・望美が糸を垂れていた。
「えっと、あのぉ、そのぉ… 敦盛さんが反応するかと思って」
「は?」
「だって、敦盛さんが変身すると『水虎』になるでしょ? 虎といえばネコ科、ネコといえばねこじゃらし、じゃない?」
「じゃない?、と言われても……」
困った敦盛が手元の笛に目を落とすと、望美はうんしょと大木から降りてくる。
地面に着地すると、望美はねこじゃらしの長い糸をくるくると巻き取っていった。
その動作に、先日の出来事を思い出し、一応尋ねてみる。
「も、もしや、あの毛糸玉も…?」
「うん、そうだよ。ネコといえば毛糸玉。敦盛さんってば、全然反応してくれないんだもん。あ、もしかして、あの姿じゃないとダメなのかな。
ね、ね、変身してみない?」
ワクワクしながら自分を見つめる神子に、敦盛はがっくりと肩を落とした。
『頼むから私を封印してくれ、今すぐ直ちにっ! あぁ、でもこのような神子に封印されるのは絶対イヤだっ!』
横笛を握り締め、滝のように涙を流す敦盛であった。
〜おしまい〜
【2005/08/24 up】