■がむばれ!コルダーズ! 【その1・白と黒、表と裏】
秋の日の夕暮れ時。
ひょんなことから参加することになった教会のバザーでのコンサートを終え、日野香穂子はすがすがしい充実感に浸りつつ、後輩の冬海笙子と共に柚木梓馬の車で学校に送ってもらっていた。
ステージ衣装のままだった香穂子が着替えて帰ろうとしたところ、柚木に呼び止められ、そして二人は屋上へと来ていた。
日に日に早くなる夕暮れ。屋上から見る夕日はやけに大きく、不気味なほど赤く見えた。
「日野さん、最近、活躍しているよね」
風になびく長い髪をそっと手で押さえ、にこりと笑う。
誰からも慕われる優しい先輩である柚木。
専攻するフルートの腕前も確かで、容姿端麗、成績優秀、その上由緒ある家のお坊ちゃま── 非の打ちどころがない。
香穂子の友人である天羽菜美は以前、彼のことを『完璧すぎて胡散臭い』と言っていたが。
「この学院の中で、君だけは僕のライバルとして認めていい存在だと思ってるんだ」
柚木は微笑みを崩さぬまま、一歩、また一歩と香穂子に歩み寄ってくる。
香穂子の足も、それに合わせるように一歩、また一歩と後ろへ下がっていった。
「僕は、君のことを認めてるんだ。だから──」
トン、と背中に軽い衝撃。下がっているうちに壁際まで来ていた。
そして柚木が纏う雰囲気が不意に冷たさを帯びた。
「── お前、俺の壁打ちの壁になれよ」
眼に冷たい光が宿っている。一人称もさっきまで『僕』だったものが『俺』に変わっていた。
香穂子は思わず目を逸らすように俯いた。左の頬は肩につき、もう一方の頬を赤い髪がパラリと覆った。
じわり、じわりと柚木が近づいてくるのがわかる。
足元に長く伸びた影が香穂子の足元に届いた。
わざと鳴らしているかのような靴音が、カツン、カツン、と大きく響いていた。
「俺は前から本音を遠慮なくぶつけられる相手が欲しいと思ってたんだ。お前なら手応えありそうだ。それに、丈夫そうだしな。
思いきり振り回しても踏みつけても壊れたりはしないだろう」
香穂子の視界が柚木の影で暗くなった。
柚木は香穂子の頭のすぐ傍の壁に手をつき、香穂子の顔を覗き込んでくる。近づいた声は最後の方はほとんど耳元で囁かれていた。
「言っておくが、俺がこんな人間だと言って回っても誰も信じやしないよ?」
舌なめずりするような、笑みを含んだ声。
その時。
「……ふっ」
香穂子が鼻で笑った。
「それであたしを脅してるつもり?」
「…… !?」
香穂子はほんの少し顎を上げ、頬にかかる髪の間から柚木を睨み上げた。さっきの柚木の目に宿った冷たい光よりもさらに冷淡な光を浮かべて。
「ひ、日野……お前…?」
思わず後ずさる柚木。
香穂子は顔にかかる髪を掻き上げ、真正面から柚木を見据えた。
「ったく、卒業まで目立たない一生徒で通そうと思ってたのに、リリのおかげで予定が大狂いだわ」
はぁ、とわざとらしい溜息を吐き、大仰に肩をすくめて見せる。
「どういう…ことだ…?」
「先輩は『DSA』ってご存知?」
「DS……ま、まさかっ !?」
この学院にまつわる噂── ひとつは妖精の存在、そしてもうひとつは巨大な裏組織の存在。
その名も『ダークスターエンジェルス』── 普通科女子による、泣く子も黙る裏の社会。
3年生がトップを務め、卒業前に2年生── 新3年生から次のトップを選び、組織が継承されていくらしい。
直接影響はないと思われるものの、存在自体が鼻につくその組織をそのままにしておけず、学院で力を持った柚木は調査を始めた。
だがいくら調べても詳しい構成や活動内容などはまったく謎に包まれており、その存在すら疑わしいのだが、噂としては立ち消えることはなかったのだ。
「…それで、その幻の組織とお前に何の関係があるんだ? そいつらに頼んで俺に報復するとでも?」
「報復? あははっ、それも面白いわね」
香穂子はゆったりと腕を組み、後ろの壁に背中を預けた。
「そんなの頼まなくたって、あたしがちょっと命令すれば済むことだもの」
「……ふふっ、まるでお前がトップみたいなことを言うんだな。もう代替わりでもしたのか?」
「へぇ……詳しいじゃない、うちの組織のこと。でもざ〜んねん、あたしが『トップみたい』じゃなくて実際トップなのよね、去年から」
「なっ !? 去年から !? トップは3年生が引き継いでいくんじゃ──」
不意にパチンと香穂子が手を叩いた。合わせたままの手を口元に当てて、にっこりと笑う。
「うわ〜ホント詳しいんだ、柚木先輩。でもまたまたざ〜んねん。確かに以前はそうだったみたいだけど、裏の世界ってね、実力主義なのよ。
実力のあるものはのし上がり、ないものは蹴落とされる。これ、常識でしょ?」
香穂子の顔に浮かぶ笑みは、これまでに見たことのないような種類のものだった。
吹き出る汗がつぅと柚木の顔の輪郭をなぞり、顎から雫となって下に零れ落ちた。
突然、香穂子の顔がキッと引き締まる。
「だからね先輩── 二重人格のお坊ちゃまのお遊びに付き合ってるほど、あたしは暇じゃないの。いい子だからおとなしくしてなさい」
香穂子はポンと壁を蹴って身体を起こすと、ステージ衣装のふんわりとしたスカートの埃を軽く払い落とした。
そして柚木の傍ぎりぎりをわざと通り、階段への扉へ向かう。
「あ、そうだ」
ノブを掴んだまま香穂子は振り返った。にこりと花のような笑みを浮かべ、
「これから楽しい毎日になりそうですね、先輩。それじゃ、ごきげんよう〜」
ひらりと手を振り、香穂子は扉の向こうへと姿を消した。
柚木は言葉をなくしたまま、呆然と閉まったばかりの扉を見つめるしかなかった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
なんじゃあこりゃぁ !?(笑)
い、一体なんの組織っ !?
ともあれ、ちょっとしたきっかけで柚木さまに想いを馳せたところ、こんなのができました。
あたしは一体何が書きたかったんだ……orz
ともあれ黒柚木 vs 黒香穂子!でございます。
ネタが振ってきたら続けます、たぶん。
【2007/08/02 up】