■小ネタツイートLog【その1】
現在ツイッター(@yuna_fantasia)にて小ネタツイート垂れ流し中。
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【#01 ダリ梓】
「── なあ」
苦りきった顔でやってきた虎が、面倒臭そうに頭を掻いた。
「どうしたんだい?」
「オレの親のことを根掘り葉掘り聞くんじゃねえ、って伝えとけ」
『誰に』なんて聞くまでもなかった。
思わず込み上げてくる笑いを噛み殺しつつ、
「それはすまなかったね。
ただ、梓は俺たちのことを君のご両親に重ね合わせてるんだろう。
そのうち落ち着くだろうから、しばらく我慢してやってくれ」
「あー……」
鬼と人の間に生まれた虎は、半ば納得、半ば諦めた様子で深い溜息を吐く。
その時、彼を呼ぶ少年の声が聞こえ、戸口に声の主が姿を現した。
「── 虎! 玄関に届いた家具をダリウス様の部屋へ運んでください!」
「はぁ? 家具? こんだけたくさんあんのに、まだ増やすのか?」
「違いますよ、ベビーベッドです! ほら、さっさと運んで!」
ギギギギ、と音がしそうなぎこちなさで、驚きに固まった顔をこちらに向ける虎。
「……おい、まさか…」
「ふふっ、そのうち君自身について根掘り葉掘り聞くだろうけど、よろしく頼むよ」
にっこりと笑いながら答え、数ヶ月後の楽しみに思いを馳せた。
【#02 虎梓】
「虎、卵焼きお願い」
「あ? ……たまにはお前が作れよ」
文句を言いつつも、キッチンまで来てくれる虎。
「だって虎が作った方がおいしいんだもの。それに──」
「?」
「その……虎の卵焼きがおいしいと、愛情たっぷりって確認できて嬉しいし……」
ちょっと照れくさくなって声がどんどん小さくなっていく。
けれどきっちり聞こえたらしく、冷蔵庫から出した卵を割ろうとした虎の手がぴたりと止まった。
はあ、と大きく息を吐くと、まるで逆再生のように冷蔵庫に卵をしまい──
「えっ、虎、卵焼きは?」
「……目の前にこんなうまそうなもんがあるのに、卵なんか焼いてられっか」
そう言うや否や、私の体を軽々と抱え上げた。
【#03 虎梓】
「虎って『三大欲求』に忠実よね」
「あ? なんだそりゃ?」
「食欲と、睡眠欲と、せ──」
「『せ』?」
「な、なんでもないっ! 今の忘れてっ!」
「言いかけて途中でやめんじゃねえ」
「だから、忘れてってば!」
「言わねえなら、お前を食っちまうぞ」
「…………ほら、忠実」
【#04 村梓】
カリカリカリ、とペンが紙を擦る音が響いていた。
「……まだお仕事ですか…?」
「ん?
まあな。物書き稼業は休んでても、デスクワークは山のようにあるもんさ」
彼が振り返ることなく笑みを含んだ柔らかな声でそう言うと、一旦止まっていたペンの音が再び聞こえ始めた。
「── よし、今日はこれくらいにしておくか」
* * *
聞こえた声に意識が浮上する。
どうやらあのペンの音にはやはり催眠効果があるらしい。
「待たせ──
お、大胆だな」
振り返ろうとした彼の背中にそっと頬を寄せたのだ。
「……覚えてますか?
私が初めて村雨さんの部屋に来た時のこと」
「ああ……忘れるもんかね」
「私、あんまり居心地よくて、うとうとしそうになって」
ゆっくりと手を伸ばして抱きついてみる。
交差した私の手の上に、あやすような彼の手の感触が重なった。
「あの時も村雨さんはお仕事していて……思ったんです、『大きな背中だな』って」
「そりゃあな、体がでかいんだからしょうがない」
ぽんぽん、と手の甲を叩かれて。
「ふふっ……私、あの時からこうしてみたかったのかもしれません」
「っ!」
ぐいっと腕を引っ張られ、気づけば彼の膝の上から、少し赤くなった彼の顔を見上げていた。
【#05 ダリ梓】
「うん、いいね。
俺の見立ては間違ってなかった」
端整な顔に満足そうな笑みを浮かべるダリウスとは対照的に、梓は困ったように眉根を寄せていた。
「あ…ありがとう……でも」
良家のお嬢様とも見まごう豪奢な衣装。
試着したのはこれで何着目だろうか。
「もう遠慮の必要はないよ。
夫から愛する妻への贈り物なんだから」
綺麗な顔をさらに綺麗に綻ばせ、ダリウスは梓の頬を指先で撫でる。
途端に触れられた頬がぽっと赤く色づいた。
ふとダリウスの笑みに翳りが差し、
「確かに……前はただ、可愛い梓を飾り立てたらさぞ愛らしいだろう、と思いついただけだった。
けれど今は──」
不意に翳りが妖しさへと変化する。
「── 着飾った梓を脱がせていく楽しみがあるからね」
「ダ、ダリウスっ!」
ぼんっ、と爆発したかのように梓の顔が真っ赤に染まる。
ダリウスはさらに追い打ちをかけるように梓の耳元に顔を寄せ、
「── だから、大人しく降参してくれるかい?」
吐息混じりの囁きに、梓はくらりと眩暈を起こして彼の胸に倒れ込んだ。
【#06 虎梓】
たまたま通りかかった街角に、不穏な空気が渦巻いていた。
控えめな野次馬根性で遠巻きに見守る者たちや、無関心を装いつつチラ見しながら通り過ぎる者たち。
その合間から見えたのは、屈強そうな大きな体躯の男と少し気の強そうな可愛い女の子。
お互い今にも噛みつかんばかりに睨み合っている。
何があったかは知らないが、もし女の子が男に因縁をつけられているようなら、警察を呼んだ方がいいのではないだろうか。
ポケットから携帯を出そうとした時、膠着状態だった二人に動きが見えた。
「── おい、行くのか、行かねえのか」
地を這うような低い声で男が凄んだ。
女の子は気丈にもキッと睨み上げた。
けれど気のせいでなければ、その目には恐怖のせいか涙が滲んでいる。
「………………ばか」
「ああ?
聞こえねえな」
「……虎のばかっ!」
女の子は叫ぶやいなや、あろうことか目の前の男の逞しい身体にばふっと抱きついたのである。
途端、見守っていた野次馬たちは『なんだ痴話喧嘩かよ』と散っていった。
「『ここ』じゃ惚れた女に指輪買ってやるのが普通なんだろ?
だから金が貯まったから買ってやるっつってんだろうが」
「もう……虎、『こっち』に馴染みすぎだよ」
涙声の女の子の頭をぽんぽんと叩くと、男は抱きついたままの彼女を片手でひょいと浮かして、そのまま歩いて行く。
そしてすぐそばの宝飾店へと入っていった。
……人騒がせなあの『美女と野獣』カップルに幸あれ。
【#07 ダリ梓】
今日は一日、広い邸にひとりきり。
日差したっぷりでふかふかになった洗濯物を畳みつつ、梓の口から溜息が漏れた。
「……お仕事、うまくいってるといいけど」
一枚畳み、溜息ひとつ。
また一枚畳んでは、溜息をまたひとつ。
それを何度か繰り返し、最後に彼のパジャマを畳む。
「ふぅ……早く帰って来ないかな……」
畳んだばかりのパジャマをぎゅっと抱きしめた。
* * *
「── おや」
帰ってみれば、ソファに横たわる眠り姫。
見慣れた衣類を抱きしめて、ほんのり微笑んだ愛らしい寝顔をずっと眺めていたいと思ったけれど。
くすくす笑いながら、ソファの前に恭しく跪く。
「梓」
「……ん」
「梓、抱きしめるなら俺本人にしてくれるかい?」
「……ん」
むくりと起きた彼女の腕から衣類をそっと抜き取って。
ぽすっと胸元に倒れ込んできた彼女の頭をそっと撫でる。
「ただいま、梓」
「……おかえりなさい」
彼女の腕が伸びてきて背中に回された。
「── おい、イチャつくんなら自分の部屋行けよ」
突然聞こえた冷めた声に、彼女は一気に覚醒する。
「え、え、えっ !?」
ぱっと体を離し、きょろきょろと辺りを見回して。
げんなりと首筋を掻いている虎、ほんのり顔を赤くしてそっぽを向いているルード、両手で顔を隠しているけれど指の隙間からちゃっかり見ているコハク──
3人の姿を認めて一気に顔を赤くする。
「あ、あのっ、み、みんなもおかえりなさいっ!」
せっかく畳んだ洗濯物をがばっといっしょくたに抱え上げて駆け出した。
「ふふっ、俺の妻になっても本当に可愛いね、梓は」
「「「…………」」」
「さて、洗濯物を畳み直す手伝いでもしてこようか」
沈黙(あるいは絶句)する3人を残し、ダリウスは楽しげに部屋へと引き上げて行った。
【#08 ダリ梓】
控えめなノック。
どうぞ、と応えれば、梓がおずおずと顔を覗かせた。
「あのね……前に部屋にお邪魔した時、蓄音機があったような気がするんだけど……」
「ああ、あるよ。
よく気づいたね」
扉を大きく開いてやって、どうぞ、と入室を促した。
「聞きたいかい?」
「うん、できれば」
彼女をソファに座らせ、蓄音機のそばへ。
ハンドルを十分に回してから、セットしたレコードの上に針を落とす。
音楽が流れ始めると、梓はぱっと顔を明るくした。
「あ、この曲知ってる」
「そう、よかった。
他にもいろいろあるから、好きなだけ聞いていくといい」
「うん、ありがとう」
* * *
3枚目のレコードが中盤に差し掛かった頃、ふと肩口に感じる重み。
うっすら唇を開き、こちらに凭れて気持ち良さそうに寝息を立てている。
「……ふふっ、こんなに無防備に眠るのは、俺の前だけにしてほしいものだね」
指先でそっと彼女の唇に触れて。
あとは曲が終わるまでのわずかな時間を、肩にかかる重みを楽しむことに費やした。
【#09 村梓】
湯が注がれると、ふわりといい香りが広がった。
「── ペースが早すぎる」
「あっ、ごめんなさい」
「謝るようなことでもないが……うまい珈琲が飲みたいんだろう?」
こくり、と頷く彼女のポットを持つ手に、背後から己の手を重ね、こげ茶色の粉の上に注がれる湯の量を調節してやる。
「最初はこれくらい。
少し置いて蒸らしてから──
って、おい、大丈夫か?」
「は、はい……っ」
彼女が耳まで赤く染めて身を固くしている理由なんて、わかりきっている。
こんなふうに男に密着され、手まで重ねられているのだから。
わざとやっておいて彼女の動揺を楽しんでいるとは、なんと大人げないことか。
そして一回り以上も年下の子供に翻弄されている自分は思っている以上にガキなのだ、と心の中で苦笑した。
【#10 村梓】
最近、彼女に避けられている。
嫌われた、とかではないのは彼女の態度からわかるのだが。
一定の距離を取っている、というか。
何か言いたいことでもあるのなら言ってくれればいいのに。
そんなことをぼんやりと考えながら、開け放った窓に乗り出すようにして紫煙をくゆらせる。
「── あの、村雨さん」
「ん?」
「その……お願いがあるんですけど」
よし、これでこのもやもやが解決できるかもしれない。
煙草の火を灰皿に押し付け、彼女へ向き直る。
「なんだ?」
「……煙草、やめてもらえませんか…?」
「っ……」
一緒に暮らすようになってから、何度もやめようと思った。
だがニコチンのしみ込んだ体がいつもそれを挫くのだ。
「ん、努力はしてるんだがな」
「それは知ってます。
でも……村雨さんの体のためにもよくないし……その……」
言い淀みながら、なぜか彼女の顔がだんだん赤くなっていく。
とことこと近づいてきた彼女に手を取られた。
無骨な手を、彼女の白い両手が包み込む。
「私……村雨さんの煙草の匂い、嫌いじゃなかったはずなんですけど……最近、ちょっと駄目で……」
「?」
すると彼女は持っていた手を引き寄せて、自分の腹にそっと押し当てたのだ。
「っ!
……もしかして」
真っ赤な顔が小さく上下に動いたのが答え。
思わず抱きしめようとしたら、突き飛ばされる形で逃げられた。
そのまま彼女は口を押さえて走っていく。
「お、おいっ!
走るなっ!」
不意に身体の力が抜けて、崩れるように床に座り込んだ。
しがしと頭を掻きながら、
「はぁ…………俺が『父親』ねぇ……」
呟きながら、口元が緩んで仕方ない。
そしてまだ数本残った煙草を包みごと捻りつぶし、強い意志をもってゴミ箱へ放り入れた。
【2015/05/01 up】