■Dear My HERO 【前編】 龍馬

※パラレル注意

「── カット!」
 その声を合図に、それまで生き生きと紡がれていた物語が動きを止めた。
 これまでと違った色味の張り詰めた空気が支配するスタジオ内で、監督のモニターチェックが進む。
 しばしの後、
「── 全シーン、クランクアップです!  お疲れさまでした!」
 緊張は一瞬にして霧散し、お疲れさま、の明るい声があちらこちらからこだました。

 大手芸能プロダクションに勤める中岡慎太郎はスタジオの片隅でほっと胸を撫で下ろした。
 すでに中盤まで放送されたこのドラマ、評判の良さは好調な視聴率にも表れている。 大きなトラブルもなく無事に撮影が終わり、あとは別スタジオに用意された打ち上げパーティーを残すだけだ。
 主演は中岡が担当マネージャーとなって5年目になる、坂本龍馬という俳優だった。 10年ほど前、変身ヒーローものでデビューし、以来コンスタントにキャリアを積んでいる。 その整ったルックスから女性からの人気が高いのは当然だが、バラエティ番組での気さくなトークの面白さが受けて男性ファンも多い。
 これまで女性絡みのスキャンダルが出たことはなく、世間ではうまく隠していると思われているのだろうが、実際に中岡が心配になるほど彼の周囲に女性の影はなかったりするのである。
「お疲れ、龍馬さん」
「おう、無事終わったな!」
 やりきった達成感か、龍馬は晴れやかな清々しい顔で笑っていた。
「打ち上げは1時間後だ。 ひと眠りするのもいいが、遅れないでくれよ」
「お前が起こしてくれりゃいい話だろ、慎太郎」
 前室を抜けて廊下に出る。 照明も役者たちの熱もないそこは、よそよそしいほどひんやりとした空気が流れていた。
 楽屋に向かって歩いていると、
「お?」
 声を上げた龍馬がいきなり駆け出した。 バタバタと廊下を走り抜けて行く。 彼の行く先には背の高い細身の男と、若い娘がいた。
「おーい、お嬢!」
「…あ、龍馬さん……こんにちは」
「で、どうだった?」
「いえ、まだ……」
「そうか……ま、お嬢なら大丈夫さ!」
「だといいんですけど」
「決まったら必ず俺にも知らせてくれよ」
「はい」
 追いついて間近で見た娘は、笑顔の愛らしい少女だった。
 これからデビューする新人女優だろうか?  どこかで見たような気がするのだが思い出せない。
「── ゆき、行きますよ」
 彼女の後ろに控えていた青年が小さく会釈をして踵を返した。 少女のマネージャーらしき、ぶっきらぼうな少々冷たい印象の男。 その態度はこの業界では不利なのではないか、と中岡は思う。 余計な心配ではあるが。
「あ、待って瞬兄。 それじゃ、龍馬さん、また」
「おう、またな!」
 少女はぺこりと頭を下げ、先に歩いていく男を追いかけていった。

「龍馬さん、今のは?」
 二人の姿が完全に見えなくなってから、中岡は訊いた。
「ああ、こないだ局の食堂でばったり出くわしてな。 いやあ、久しぶりすぎて最初はわからんかったぜ」
「いや、だから……知り合いか?」
 龍馬はにやりと笑って、
「お前、俺のデビュー作、見てたんだろ?」
「まあ、何度か」
 彼のデビューしたヒーロードラマが放送されていたのは、中岡が高校生の頃。 特撮ものに興味があるわけでもなく、時間が合えばたまに見る、という程度にしか見ていない。
「ほら、覚えてないか?  ちっちゃいのがいただろ?」
 問われて記憶の糸を手繰り寄せる。 そういえば可愛らしい子役の女の子が──
「── ああ、あの子か」
「ああ、なんでもあの後すぐに親の都合で海外に移ったらしくてな。 10年ぶりに日本に戻って、再デビューするらしいんだ。 んで、ドラマのオーディションを受けに来てたところに俺と再会、ってわけだ。 昔はあんまり可愛いんで、みんなが『お嬢ちゃん、お嬢ちゃん』って可愛がってたんだが、あんだけ大きくなってちゃあ『お嬢ちゃん』って呼ぶのもなぁ。 だから『お嬢』って呼ぶことにしたんだ。 ほんと、オーディション受かっててくれるといいんだがなあ」
 中岡が訊きたかったことは、先回りして龍馬がほぼ全てしゃべってくれた。 元々しゃべりだしたらいつまでもしゃべっているような男だが、今日はそれに輪をかけて饒舌だ。 久しぶりの再会がよほど嬉しかったのだろう。
「だが龍馬さん、妙な噂を流されないように、慎重に行動してくれよ」
「あ?  どういうことだ?」
「『坂本龍馬ロリコン疑惑』なんて記事、見たくないだろう?」
「ハハッ、あり得んだろ。 お前こそ妙なこと考えんなって!」
 バシバシと叩かれる肩の痛みに顔をしかめつつ、最後には中岡も一緒になって笑ってしまっていた。

*  *  *  *  *

 数日後──
 束の間の休暇を終えた龍馬は、今日はバラエティ番組の収録だ。
 中岡は一足先に局入りした彼の楽屋へ急ぐ。 重い鞄の中には、事務所で受け取ってきた台本が収められていた。 来週から撮影が始まる新ドラマ── どうしても命を落とすことになってしまうある男を救うため、ひとりの少女が過去に遡って奔走する、というSFファンタジーラブストーリーだ。 少女役には新人を起用するらしい。
 短くノックをして楽屋へ入る。
「龍馬さん」
「やっと来たか、慎太郎」
 いつもなら台本の最終確認をしながら集中力を高めている彼も、今日は新聞を広げてのんびりとくつろいでいた。
「台本、届いてたよ」
「おっ、見せてくれ」
 数ヵ月前、オファーを伝えると、面白そうだ、とすぐに乗り気になった龍馬。 撮影が始まるのを楽しみにしていたらしい。
 鞄の中から台本を引き抜いたのと同時、携帯の着メロが鳴り出した。 龍馬の携帯だ。
「おっと、すまん。 ── お嬢?  ── そうか!  よかったな!  んで、なんてドラマだ?  ── へえ、」
 彼が口にしたのは、今中岡が手に持っている台本の表紙に印刷されたタイトルと全く同じものだった。

〜つづく〜

 診断メーカー「シチュお題でお話書くったー」にて、
 『あなたは24時間以内に3RTされたら、
  芸能界パロで付き合ってる二人を第三者視点から見た龍ゆきの、
  漫画または小説を書きます。』
 というのが出たもので。2月に。
 パラレル嫌いな方、すみません。

【2013/03/18 up】