■一日前 龍馬

※初々しいキス10題 08:言葉と動きをシミュレーション (お題提供:TOYさま)

「── えーと、ここが入口だとすると── ここに俺が立ってる、と」
 つかつかと部屋を横切った龍馬は丁寧に踵をつけて立ち止まると、今来た方向── 仮定した『入口』へと振り返る。
「んで、お嬢があっちから歩いてきて、俺の隣に立つ」
 龍馬はすぐそばに迫る壁へと向き直った。
「しばらく話を聞いて、『誓いますか?』って聞かれたら『誓います』って答えりゃいいんだったな」
 ふと天井を仰ぎ、でへっ、とだらしなく相好を崩す。
 はっと我に返った龍馬は、エヘン、とわざとらしい咳払いひとつ、首や肩をコキコキ回してからシャキッと背筋を伸ばした。
 それから右手の親指と人差し指で何かをつまむような仕草。 指と指の間には1.5センチほどの隙間がある。
「……はめる指を間違えないようにせんとな」
 何もない指先をしばしの間じっと見つめていたかと思えば、
「あー、いかんいかん!  嬉しくて手が震えちまう!」
 つまんだ形の右手はそのままに、空いた左手でがしがしと頭を掻いた。
「その後は……お嬢の顔にかかってる布切れをめくり上げて──」
 呟く言葉そのままの動作をして── なぜか顎に手を当てて考え込み始めてしまった。
「── ここで何か一言言ったほうがいいのか?
  『お嬢、大好きだ』──── こりゃいつも言ってるな。
  『愛してるぜ』──── いかん、照れる。
  『死ぬまで一緒だぜ』──── せっかくの晴れの日に『死ぬ』とか言っちゃマズイだろ。
  『これからもよろしくな』──── ありきたりすぎるか?
 あー、なんかいい決め台詞はないもんかなぁ」
「……あの」
 頭を悩ませる龍馬にかけられた遠慮がちな声。
「お、お嬢っ !?」
 ドアの隙間から僅かに見える顔は見事に赤い。
 確実に今のひとり芝居は見物されてしまったらしい。 それだけなら別に構わないが、考えあぐねていた決め台詞候補まで聞かれてしまったなら、それはいたたまれないほど恥ずかしい。
「あの、そんなに練習しなくても大丈夫だと思います。 次に何をするのかは、牧師さんが言ってくれますから」
 はにかんだ笑みを浮かべながら、彼女が部屋に入って来た。
 実はこの二人、結婚式を明日に控えているのである。
「そ、そうか?」
 決め台詞は聞かれずに済んだ?── ほっと胸を撫で下ろす。
「── けどな、何かやらかしてお嬢を悲しませたくないからな」
「そんな……もしも何かあっても、きっといい思い出になりますよ」
 彼女は楽しそうにくすっと笑う。
 神前式と教会での式、どちらにしようかずいぶんと悩んだけれど、ウェディングドレスというものに憧れを持っているらしい彼女の想いを汲んで教会に決めたのである。
 もちろん『婚姻といえば三三九度』な龍馬にとっては未知の領域だが、そもそも一生に一度の盛大行事に慣れているのは何組もの夫婦をまとめた仲人くらいのもの。 そう考えれば、結婚式で三三九度を交わそうが指輪の交換をしようが、彼女と夫婦になる事実は変わりないのだから、結局のところどちらでも構わないのだ。
「ま、そう言わずに練習に付き合ってくれよ」
「ふふっ……はい、いいですよ」
「んじゃ、さっきの続きから始めるぜ?」
 龍馬は彼女の肩に手をかけ、正面に向き合った。
 それから、彼女の顔の前でヴェールを上げる真似をして、
「ここで『誓いのキス』って奴だな」
 再び彼女の肩に手を乗せ、顔を近づける。
「はい、それでお式はおしまい── あ、あのっ、龍馬さん?」
 胸元をやんわりと押し戻しながら背を逸らせていく彼女に構わず、更に顔を近づけた。
「あのっ、『誓いのキス』は明日で大丈夫ですからっ」
「ああ、明日は『ずーっとお嬢を大事にする』ってしっかり誓いながらキスするって。 今は『これまでも、これからも、ずーっとお嬢のことが大好きだ』って気持ちのキスだ── いいだろ?」
 もう、と不服げな困り顔で睨んでくる。 けれど真っ赤な顔で少し潤んだ上目遣いに睨まれても、ただただ可愛いだけだ。
 想いが通じ合った頃と変わらずはにかみながらも、少し顎を上げてゆっくりと目を閉じる彼女に満足して、溢れて仕方のない想いを伝えるようにしっかりと口付ける。
 明日からは、夫婦としてふたり一緒に歩んでいくのだ。

〜おしまい〜

 「初々しい」どこ行った?
 ここはどこの部屋?とか細かい設定は考えてません(汗)

【2012/05/28 up】