■小ネタツイートLog【その20】 龍馬

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【#191】
「あっ、龍馬さん!」
 振り返ると、息せききって彼女が駆けてくる。
「俺を探してたのかい?」
「はい、渡したいものがあって」
 にっこり笑う彼女が差し出したのは、綺麗な和紙に包まれた小さな箱。
「今日はバレンタインデーだから……チョコが手に入らなかったので、クッキーを焼いたんです。
 アーネストにお願いして、公使館のお台所を借りたんですよ」
 彼女にしては珍しく興奮気味だが、話す様子は何やら楽しそうだ。
「まあ、お嬢から貰えるんなら、何だって嬉しいぜ」
 意味がわからないまま箱を受け取って。
「ところで『ばれんなんとか』ちゅうのは何だ?」
「あ……えっと、好きな人や大切な人に贈り物をする日、です」
「す、好きな人っ!?」
「はい」
 再びにっこりと笑った彼女は、
「それじゃ、他のみんなにも渡してきますね」
 と踵を返した。
「他の……かぁ」
 有頂天だった龍馬ががっくりと肩を落とす。
 ただ、龍馬が受け取ったクッキーだけハート型になっていて、その意味を後で知って大喜びしたのは言うまでもない。

【#192】
「な、一緒にどうだ?」
「えっ、あ、あの、それは……」
「どうしても駄目かい?」
「……駄目…です」
 真っ赤に染まった顔を両手で覆い、ゆきは大急ぎで隣の部屋へ逃げ込んだ。
「うーん、困らせちまったか……ま、そのうちな」
 にやり笑った龍馬は風呂へ入るべく脱衣所で服を脱ぎ始めた。

【#193】
 顔を見るなり、彼女は「あっ」と声を上げた。
「龍馬さん、唇切れてます」
「ん?  そうかい?」
 彼女は懐から出した小さな容器の中身を指先に取る。
「少ししゃがんでください」
 言われた通りにすると彼女の指がゆっくりと唇をなぞる。
「これで大丈──っ!」
 息を飲んだ彼女の顔が真っ赤になった。

【#194】
「すまんお嬢!  許してくれ!  この通り!」
 おろおろするゆきに構わず、龍馬は合わせた両手の下で深く頭を下げ続けた。
 『バレンタインデー』とかいうもののひと月後にお返しをする日があるなど知らず、何も用意していなかったのだ。
 夜の闇も深い今、開いている店で買えるのは酒か女── 完全にお手上げだ。
「あの、頭を上げてください。 お返しが欲しくてバレンタインにお菓子を作ったんじゃありませんから」
「だが貰ったまんま返さんなんて、俺の気が済まん!」
 どちらも譲らず、そんなやり取りを何度か繰り返し。
 最後にゆきが小さく息を吐いた。
「だったら……今から少しだけ、龍馬さんの時間をください」
「俺の……時間?」
 はい、とゆきはにっこりと笑った。
「ちょっと待っててください。 お茶いれてきますね」
 彼女は宿の台所へと向かう。
「お、お嬢 !?」
 思いがけない幸運を喜びつつも、過度な期待はしちゃいかんよなあ、と頭を掻いた。

【#195】
「どうすればいいのかわからなくて」
 周りの奴に甘えればいい、と助言すれば、返ってきたのはこんな答えだ。
 今にも倒れそうなほど疲労の滲んだ顔で。
 だから驚かさないようにそっと抱き寄せる。
 子供をあやすように背を撫でると、彼女の強張った身体から力が抜けた。
「── こうすりゃいいのさ」

【#196】(#195続き)
 いつの間にか彼女は眠っていた。
 支えているとはいえ立ったまま寝るなんて、余程疲れているのだろう。
 できるだけそっと抱え上げる。
 間近になった青白い顔。少し開いた桜色の唇に目が行った。
「……いかんいかん、お嬢はみんなの神子様だもんな」
 俺だけのものに、なんて今はまだ言えない。

【#197】
 喉はヒューヒュー鳴るばかりで声が出ない。
 おまけに頭がクラクラして悪寒がする。
 宴会での深酒からの雑魚寝のツケだ。
「何か欲しいものありますか?」
 枕元から覗き込む心配そうな彼女の顔。
 これは『らっきー』というやつか?
 彼女の手を取り、その掌の上でどうにか指を動かす。
「── み……ず…?  お水ですね?  すぐ持ってきますから、ちゃんと寝ててくださいね」
 頭を巡らせ、部屋を飛び出していく彼女を見送り── ぎょっとした。
 開いた障子にしがみつくように半身だけ見える人影に。
「…ゆきちゃんの…手を……ああ…羨ましい…」
 ここにも『病人』が、と思わず苦笑した。

【#198】
 夜が明けて顔を合わせばおはようと微笑み合い、日が暮れて一日の終わりにおやすみと部屋に引き上げる日々。
「ひとつ屋根の下もいいが、できればひとつ部屋の中ってのがいいよなぁ」
「え?」
「なんでもないさ。 じゃあなお嬢、おやすみ」
「おやすみなさい……全部終わったら、いつか」
「……ん?」

【#199】
「なあ、お嬢」
「はい?」
 龍馬がゆきの耳元で何か囁き、ゆきは頬を赤く染めた。
 潜め切れていない声は間違いなく『大好きだぜ』と言っていた。
「ひ、人前で恥ずかしげもなく!」
 囁かれたゆき以上に真っ赤になったチナミが声を荒らげる。
「まあまあ、落ち着けって」
「気にならないのか、八雲!」
「慣れ過ぎて殺る気も失せたよ」
「なっ!  ではこの殺気はお前ではないのだな !?」
「おい……って、これ怨霊だろ!」
 武器を構えるより早く銃声が鳴り響く。ゆきを背に庇いつつ銃を構える龍馬の姿を見て、都は諦めたような苦笑を漏らした。

【#200】
「捕まえたぜ、お嬢!」
「えっ !?」
 ぎゅっと抱き締めて顔を覗き込むと、きょとんとした顔が朱に染まった。
「あ、あのっ」
「離したくないって言ったら……怒るかい?」
 真顔で囁けば、彼女の瞳が揺れる。
「── 怒るに決まってんだろ!  脈絡なくゆきに抱きつくな!」
 鬼の形相の都に引きはがされた。

【2013/04/17 up】